第4話 セラフクライム


 グランは人間族ヒューマンの神官に治療を受けていた。

 小人族ドワーフは魔法が使えない分、ある程度の傷は自然治癒で対処していたが、今グランが負っているものはそうもいかない。

 なかなか治らない左腕を振り回し、グランは盛大な溜息をついた。


「そうか、思っていたよりも奴らの動きの方が早ェな」

「娘様の状態はどうですか?」

「アイツに【神槌】を振るうのは無理だ。けどなぁ、俺が振るうのももう無理なんだ」


 鈍い左手をゆっくりと動かしつつ、グランはハッキリと現状を告げた。

 嘘やその場の慰めは一切しない彼の左手は、動かせるものの感覚を失っていた。

 生活を送る上では困らないが、痛覚や温度にはかなり疎い。

 最近何も無い場所で転ぶ事が増えたのも左足の方も感覚が鈍っているのかも知れない。

 目の前に居る神官が例え神に仕える者と言えど、〈創世神〉の領域でもない限り、生まれ持った肉体の再構築など出来るわけがないのだ。


「では──イリア様の遺した精霊石を集めて1から娘様専用の【神槌】を造るしかないでしょうね」

「それはダメだ。あの馬鹿を外には出せねェ」

「我々もこれが勝手な話であると重々承知しております。しかし封印から既に1000年。新たな英雄を探す時間が絶望的に足りないのです」


 神官は熱弁を続け、グランへ頭を下げた。


「各種族の族長及び各国の王らも精鋭部隊を派遣し、対異形いぎょうの専門部署も作られてますが朗報は何も……」


 最後の方は言いにくそうに口籠もった。

 そもそも、異形に通じる手立ては現在に至るまで【魔】を破壊する剣であるセラフクライムしかない。

 グランとて黙ってアルカディアが崩壊するのをただ見つめている訳では無い。

 現状を打破する方法はまだ幾つか残されていたが、その選択をするにはまだ踏ん切りがつかないのだ。


「先に希望セラフクライムだけでも……って事だろうがよ」

「グラン様しか出来ないのです。使い手亡きセラフクライムを再び現界させるのは……!」


 セラフクライムが【魔壊】の剣と呼ばれているのには理由があった。

 ひとつは現在に至るまで唯一異形いぎょうに通じる力。

 そしてもうひとつは、使い手と契約を結び魂をも【破壊】すると言われている。

 英雄リーシュが己の魂を壊す事無く“諸刃の剣“を振るう事が出来たのかは未だに解明されていない。


「オヤジィィー!!」


 重苦しい空気を打破したのは叫びながらドタドタと戻ってきたルウの足音であった。

 てっきり腹が減ったら帰って来るだろうと睨んでいたが、想定よりも早いルウの帰還にグランは大声で笑った。


「んだよ、おめェあれだけ大層に出ていったのに」

「そんな事はどうでもいいんだっ……! アタシの目の前で、人間族ヒューマンが、白い獣が空飛んで消えて、それから、ニンゲンも化け物になっちゃって……!」


 ルウは雨と涙でぐしゃぐしゃになった顔のままグランにしがみついた。


「わ、分かった、分かったから落ち着け。全然言葉になってねェぞ」

「何なんだよアレ! 白く光って、ニンゲンの兵士さんは足無くなってたし、血がいっぱいで、ねぇ、リーシュサマはアルカディアを平和にしてくれたんだよね?! オヤジがまたセラフクライムを打たなくてもいいんだよね!?

「ルウ……」


 全く纏まらない言葉で感情を爆発させる娘に、グランは右手で彼女の髪をぐしゃぐしゃと掻き回した。

 そして覚悟を決めた目でルウに気圧された神官の方を見やる。


「見ての通りさ、このガキんちょに危ねェ橋は渡らせない」

「グラン様、では……」

「セラフクライムは俺が復活させる」


 格好よく決めたつもりだったが、グランの左手も左半身も全く言う事を聞いてくれなかった。重心が大きく傾き、よろけた所をルウが慌てて支える。


「へっ……全く、肝心な時にこのオンボロは動かねェな」

「オヤジ、身体の調子悪いの……?」

「馬鹿な事言ってんじゃねェ! オイ、ネモン。久しぶりのデケェ仕事が入ったぞ、手伝え」


 グランはネモンと呼ばれた弟子に左脇を支えられ、鍛冶場へよろける足を向けた。


「オヤジ……どうしてそこまで」


 ルウがもし男として産まれて居たら、グランは自分の技術を継承させたであろう。

 異形が封印されてから1000年。消滅した訳では無いのでいつか封印は解けると予測されていた。

 長寿の小人族ドワーフだからこそ、長年【神槌】を用いた技術を継承し続けていた。

 だが、ルウは幾つ歳を重ねても木槌を満足に振るう力はなく、腕力にも乏しい。

 おまけに見た目も小人族ドワーフの特徴である小さい身体のままだ。


(オヤジは死ぬ気でセラフクライムを甦らせるつもりだ……)


 覚悟を背負った父の背中にかける言葉が見つからない。

 どうしていいか分からないルウは、何か自分に出来る事がないか隣に立つ人間ヒューマンを見やる。

 彼はルウの手に握られたままの白い光を放つ鎧破片に気づき目を細めた。


「そうでしたか……彼は異形の攻撃で【変異】してしまったのですね」

「へんい?」

「いえ、こちらの話です。ルウさんですね。私は──」


 ルウは彼の言葉を遮り、白いローブの肩口を大きく揺すりながら言葉を続けた。


「神官さん! オヤジがセラフクライムを打ったら死んじゃうよ。何かいい方法ないの?!」

「方法はあります」


 ルウにとって思いがけない即答が返ってきた。父の命を掛けずとも現状を打破できる事に、沈んだ表情からパッと笑顔に戻る。

 しかし、全く表情を変えない神官から紡がれた言葉はルウの想定外のものであった。


「結論から言いますと、セラフクライムを現界させる事は出来ません」

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