第2話 女ドワーフとは


 平和な世界に必要ない。つまり、グランはルウに鍛治の技術を継承させる気は無いと言う事なのだろう。

 ならば何故自分は小人族ドワーフとして、しかも女として産まれてきたのか。

 母親はルウを産んだ時に既に他界しているので文句の一つも言えない。せめて男に産まれていたら何かが違ったのだろうか。

  

「アタシは必要ないって事だよね、オヤジには優秀な弟子が沢山いるし」


 ルウは自嘲的に笑った。心の中に虚しさが残る。せめて、セラフクライムの在処だけでも分かれば、それを見る為の旅に出る口実になったのに。


「あのなぁ、ルウは馬鹿弟子とは違ぇだろ」

「外の世界に出てリーシュサマみたいに素敵な人を探しに行こうかなあ〜」

「ダメだ。外へ行くのは絶対に許さん!」


 またこの会話だ。ルウは思わずこめかみを押さえた。

 何故かグランはルウが外へ出ようとするのを頑なに拒む。


 何度も穴倉から出ようと試みたが、出入口は一箇所しかなく、いつも見張りなのかグランの弟子が待ち構えているので、一度も脱走に成功したことは無い。


「だってさ、外に出ても危ない事はないでしょ? 何があるの?」

「ダメなモンはダメなんだ。いいか、絶対に出るなよ!」

「ぶー!!」


 ルウは口をいーっと開きグランに舌を出した。


「ったく……誰に似たんだか……っとと」


 鍛冶場へ足を向けたグランが突然傾き、ドスンと尻餅をついた。

 慌てて数名の弟子達が鍛冶場の方から飛び出して来るが、仕事に戻れとグランの怒声が飛ぶ。


(──潮時か)


 グランは己の左手が震える様子を見て舌打ちをした。

 長寿の小人族ドワーフとは言え、彼らは不老不死ではない。

 日に日に増える身体の痛みに己の死期が近いこと。

 過去に〈創世神〉から伝えられた言葉通りであれば1000年経った今、異形の封印が解かれ蘇る日が近いことも彼は知っていた。


 十分過ぎる程生き、セラフクライムを打ち、アルカディアを救う事に貢献した。

 己の生涯に対して全く悔いはないが、母を知らない愛娘を遺す事だけが気掛かりであった。


「お、オヤジ。大丈夫……?」


 出ていくと言った事がまずかったのだろうか。グランの機嫌をまた損ねたと勘違いしたルウは、突然転んだ父の前に回り込み顔を覗き込んだ。


「いいか、ルウよく聞け。俺ぁもうすぐ死ぬ」


 ルウの丸い瞳が大きく見開かれる。口元は引き攣り、またつまらない冗談を……と言いたそうに唇だけが微かに震えた。

 それでもグランは気にする素振りを見せずに言葉を繋ぐ。


「俺達ゃ、不老不死ではねぇんだ。カミサマの決めた道を辿って、土に還り、また新しい芽になるのは知ってるだろ。カーチャンもそうやって土に還ったんだからな」

「そ、そりゃあ……そうかも、知れないけど……」


 ルウはグランの男手一つで育てられた。何百年も二人で居ると存在するのが当たり前で、目の前から居なくなる事が実感として湧かない。   

 母親は最初から居なかった分、寂しいという感情は無かった。グランの弟子達が兄弟のように接してくれたのもあるだろう。

 まして、『殺しても死なない』と自負しているグランが【死ぬ】という事を認めたくないのだ。


「もうだいぶ前から左手の感覚が朽ちてる。槌が振るえなくなったら、俺ぁオシマイだ」


 グランは真顔で冗談を言うような男ではない。

 単刀直入に現実を突きつけられ、ルウの頭には消えゆくグランの姿が映った。


「い、嫌だよ! オヤジは殺したって死なないって言ってたじゃないかっ……! 」


 常に一緒に過ごしてきた大切な家族が消える。考えただけで身体全体が冷えていくのを感じた。

 何か状況を変える方法は無いか……地面を睨みつけたルウの視界にグランの槌が映った。


「そうだ……アタシがオヤジの技術を継がなきゃいいんだ。そしたらオヤジはずっと、ずーっと生きて居られるんだよね!?」

「あのなぁ……」


 そんな無茶苦茶理論が通る訳が無い。グランは珍しく強面を苦笑させ頭をガリガリと掻いた。

 完結に現実を伝えたつもりなのに、ルウには刺激が強かったらしい。

 興奮収まらないルウは見張りの小人族ドワーフを両手で押し返し、外へと飛び出した。


「ちょっと、退きなさいよ! アタシは、オヤジに生きてて欲しいんだからっ……!!」


 いつも以上の剣幕に押され、見張りの小人族ドワーフはオロオロと顔を見合わせていた。

 しかしルウを易々と外に出した事で転んだままのグランから激しい怒声を浴びせられていたようだが、頭に血が上ったルウに中の様子を気にする余裕なんてなかった。


 ここ数年、グランの顔に見覚えのない痣が増えている。そして以前に比べて食べる量が減り、左腕を庇ったり突然転ぶ事が増えた。

 何をしているのか知らないが、最近は人間族ヒューマンの【神父】と呼ばれている奴がグランの部屋を訪れている。


(オヤジは、どこが悪いのだろうか──)


 それは何度も何度も本人に聞こうと思い、どこか悪いという言葉を聞きたくなくて、ずっと逃げてきた。


「雨、だ」


 洞窟の外まで飛び出したルウは灰色に濁った空を見上げ、頬に当たる雨の冷たさに顔を顰めた。   

 雨は嫌いだ。記憶はかなりモヤモヤしているが、嫌いな何かを思い出しそうだ。


「……あれは」


 耳に何時までも残る雨音と共に、真っ赤な血が前方から雨に混じり川のように流れてきた。

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