ルウの冒険

蒼龍 葵

第1章 英雄リーシュ

第1話 消えた英雄

 はるか昔──


 アルカディアと呼ばれるこの世界は、突如湧き出た異形いぎょうにより壊滅の危機に瀕していた。   

 それは生物なのか機械なのか不明な音を放ち、不気味な外見を持つ。

 どこから現れ、どのような生体活動をしているのか、何一つ解明されていない。──が、一つだけ明らかになっていることがある。

 それは【生命活動を行う者】の持つ【負の力】を吸収し増大するのだ。

 そして異形に襲われる種族は関係なく、被害は日に日に増加する一方であった。


 1000年前。

 この未知の敵を異形いぎょうと名付け、各国に散らばる多種族の代表らが初めてアルカディアを守る為に1箇所に集まった。

 各種族選りすぐりの猛者達が次々と異形に挑んだものの、誰一人とて帰った者はなかった。


 このままではアルカディアそのものが壊滅するのも時間の問題。

 彼らには生きて別の世界へ移動する手段は持ち合わせていない為、ただ滅びの時を感受するしか道は残されていなかった。

 重苦しい沈黙、各種族の代表らは解決の見えない事案に頭を抱えていた。


 しかし、その問題は突然歴史から消える事になる。


     【魔】を破壊する剣、セラフクライム。


 人間族ヒューマンの青年リーシュが、〈創世神〉イリアよりセラフクライムの使い手に選ばれたのだ。

 メタトロン帝国の一介の騎士にしか過ぎない彼が何故魔壊の剣に選ばれたのか。その真実は誰も知らない。




「はぁ〜、やっぱりリーシュ様は格好いいなあ」


 夢見る乙女──小人族ドワーフの少女ルウは読みすぎて朽ち果てかけている絵本を大切そうにそっと棚へ戻した。   

 戻した後もまだ余韻に浸り頬を綻ばせている。

 彼女が愛して止まない「セラフクライムと英雄リーシュ」の話は、幼い頃から読み続けている大好きな話のひとつだ。

 本来はかなり長いアルカディアの歴史を読み解く作品なのだが、ルウのようにあまり文字に疎い種族でも楽しめるよう簡単な絵本レベルまで何種類も改稿されている。


〈創世神〉及び、他の種族らと共に異形の親玉と呼べるモノを封印した英雄リーシュ。

 彼は自分の仕えていた国の美しい皇女との婚姻を破棄し、民からも熱望されていた騎士団長の座までをも辞退しメタトロン帝国を出て何処かへと消えたらしい。   


 英雄碑のリーシュは長い金髪に切れ長のブラウンの瞳、スラリと伸びた長身に人を和ませるような優しい笑顔。

 彼に出会い何度も振り返る女性が後を絶たないと謳われる程、神が二物ではなく何物も与えたような完璧な人物であった。


 メタトロン帝国の皇女との婚姻が進めば彼は後の皇帝。英雄が皇女との子を設ければ、再び異形が出現したとしても対処が可能、きっと武神のような強い血を引くであろうとまで期待されていた。

 誰しもが羨み甘受すべきものを全て捨ててまで、彼は何処を目指したのだろうか──?


「権力を放棄して旅に出たってトコロがやっぱりリーシュサマだよねっ。皇女サマとくっついても面白くないもん」

「……またくだらねェ読書タイムか!」

「いだっっっ!!」


 一気に現実に戻されたルウは頭上に巨大な木槌の洗礼を浴びた。

 衝撃に視界がぐわんぐわんと歪む。涙目のまま木槌の持ち手を睨みつけた。


「アタシの身長がこれ以上縮んだら、オヤジのコトずーっと恨むからな」


 加減してくれたのか、一応頭にコブは出来ていないようだった。いくら頑丈が取り柄の小人族ドワーフとは言え、普通に声をかけられないものだろうか。

 ルウの恨みがましい視線を無視し、木槌を背中に戻した恰幅の良い男はやれやれ……と盛大なため息をついた。   


 彼はドワーフ族長のグラン。創世神と共にセラフクライムを生み出す際の【調整】をした者と言われている。   

 様々な書物に名前が載っていないのは彼の希望であり、古の技術を扱う者として表舞台で目立ちたくないとの事だ。


「全く……幾ら平和だからって腹の足しにもならねぇモン読んで何が楽しいんだか」

「だって、オヤジはアタシに技術全然教えてくれないじゃん! いつになったら鍛冶場に入れるの?」


 ルウとて別に絵本を読んで日々を遊んで過ごしている訳では無い。

 何時までも鍛治が出来ないのであれば、アルカディアの歴史や世界を学び、いつの日かここを出て旅に出た時にその知識が活かせないかと考えているのだ。


「ンぁ!? てめぇに鍛冶は1000年早ぇっつの。大体、満足にそれもぶん回せねェだろ」

「ぶー」


 ルウは唇を膨らませて自分が愛用している木槌を撫でた。確かにグランが言うように、一番軽く設計されている木槌を振るうだけでも身体が回る。とても何か新しいモノを打つ力は無い。

 小人族ドワーフの鍛治は命を生み出す技術。生半可な気持ちではなく、己の魂を掛けて行うのだ。

 再び鍛治場へと足を進めるグランの背中に声をかける。


「──ねぇねぇ、オヤジ。リーシュサマが使っていたセラフクライムって、今どこにあるの?」


 単純な好奇心による質問だった。リーシュは何処かへと消えたが、セラフクライムは元々グランが1000年前に〈創世神〉イリアに頼まれて打った筈。

 歴史には彼の名は刻まれて居ないが、その功績を称えられた金の盾のような物がグランの部屋にあったのを覚えている。あれは多分、メタトロン帝国の偉い人から頂いたものだろう。

 ルウの質問にグランは足を止め、表情を固まらせた。髭に覆われた強面がさらに厳つくなる。


「……ありゃあ争いを収める為のもんだ。平和な世界にゃ必要ねぇ」

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