第7話 「運命」

美術学校に入ってからの日々は、私にとって一つの明確な目標に向かって邁進する期間だった。多くの同級生が純粋な芸術性を追求し、風景画や抽象画に情熱を傾ける中、私は別の道を選んだ。宮廷画家としての地位を目指し、肖像画の練習に集中した。王族や権力者の姿をどう捉え、どう表現するかが私の主な関心事だった。彼らの威厳、その瞬間の感情、服装の細部に至るまで、すべてをリアルに、しかし芸術的にキャンバスに映し出す技術を磨いた。


休日には地元の教会で絵を描いた。教会の壁画や宗教画は、技術を磨く絶好の機会だった。それ以上に、教会は宮廷の多くの重要人物が訪れる場所であり、私の作品が彼らの目に留まるチャンスだった。私は教会の静寂の中で、聖書の場面を描くことに熱中し、それがどう展開されるかを見守った。キリストの受難、天使たちの降臨、聖母マリアの慈愛に満ちた表情をキャンバスに生き生きと描いた。それぞれのストロークは、私の野心と、芸術を通じて王室の一員に認められるという夢への奉仕だった。


芸術は私にとって手段であり、目的への道だった。純粋な美を追求する者たちの中で、私は異端の存在だったかもしれない。だが、私の描いた絵は次第に注目を集め、ついには彼女の国のある貴族の目に留まった。その貴族からの最初の依頼がきっかけで、私は宮廷画家としての第一歩を踏み出した。彼からの依頼はシンプルだったが、それが私のキャリアにおける転機となり、さらに大きな扉を開くことになる。


その初めての肖像依頼を受けた日、私はスタジオで一日中キャンバスと向き合った。その貴族の顔、姿勢、そして彼が持つ静かな権威を正確に、かつ芸術的に捉えることに全力を尽くした。彼の瞳の奥に宿る知性と野心、細かいしわ一つ一つに刻まれた歴史と経験を表現するため、私は細心の注意を払いながら筆を動かした。それぞれのストロークが、その人物の物語を語り、彼の生きざまを永遠のものに変えていった。


作品が完成したとき、私はその肖像を見つめ、新たな自信を感じた。この作品が、彼女の国で私が認められる第一歩となると確信していた。納品の日、貴族の居城を訪れたとき、その肖像を見た彼の表情が緩むのを見て、私の努力が報われたことを知った。彼は深く頷き、私の肩を叩いて「素晴らしい仕事だ」と言った。その言葉が、今後の多くの門を開く鍵となった。


その後、私の評判はじわじわと彼女の国で広がり、宮廷内外の多くの注文が舞い込むようになった。各肖像は私に新たな挑戦を与え、技術を磨く貴重な機会を提供してくれた。教会での壁画作業も続けており、その聖なる場所での絵は、私の芸術的な感性をさらに深めてくれた。


彼女の国の宮廷画家として私の地位が確立されていく中、私は彼女との再会を夢見ていた。彼女がどのように感じ、何を思うか知らないが、いつかまた一緒に絵を描く日が来ることを願っていた。私のキャンバスは彼女の存在でさらに色鮮やかになり、彼女の国での私の作品が、いつか彼女の目にとまることを願いながら、毎日を画布とともに過ごしていた。


宮廷画家としての地位を正式に提供されたその日、宮殿の豪華な彫刻が施された応接室に足を踏み入れた時、壮麗なシャンデリアの下での初対面となる。王の存在は圧倒的で、彼の瞳は権力と知性が深く宿る海のように深い。彼は興味深そうに私の出自を尋ねた。


「そなたの出身はどこだ?」王が穏やかに尋ねる。


「エガートンです、陛下。海に面した小さな町です。」と私は答える。その言葉が彼の興味を引いたようだ。


「なんと、それは奇遇だな。私の妻もそこが故郷だ。あの地から得た富が今の我が国の繁栄を支えている。」王の声には誇りが感じられるが、その背後には計算された政略の影も見え隠れする。


この富と繁栄の話を聞きながら、彼女の結婚がただの政略であることの複雑さを改めて感じる。芸術をただの手段として使い、宮廷画家の地位を手に入れた自分自身と、彼女が置かれた立場とを重ね合わせると、王と自分が似た立場にあることに皮肉な共感を覚えた。


私は肖像画を描き、そしてそれはついに完成する。王は満足そうに頷くと称賛する。「素晴らしい出来栄えだ。さすがはこの国随一の芸術家である!」と。


私は「ありがとうございます」と頭を下げながら、笑ってしまいそうだった。


あぁ、なんて皮肉な話なのだろう。


宮廷画家は絵を志すものなら誰もが目指す場所だった。

最高の栄誉であり絵画を描き続けられる場所。好きなことを続けることができる場所。


そんな神聖な場所にこの程度の腕でたどり着いていた。


美術学校時代、私よりも才能のあるものは数え切れないほどだった。彼らは己の美を追求するために様々な絵を描いた。私はただ肖像画を描いた。


この国に私よりもすごい芸術家なら数え切れないほどいた。彼らは多くの絵を描いた。私は肖像画と宗教画のみを描いた。


上手に描ける他の画家からしたら「なぜ、あいつなのだ」と言われるだろう。その気持ちは十分わかる。昔の私なら理不尽だと思うだろう。


他の人にはなく、私にだけあったもの。


それはこの地位にたどり着くための徹底的な戦略。執念。それだけだ。

多くの者は芸術などわかりはしない。必要なのは関係性。それらしき名声があれば権力者にはそれでいい。


結果として誰よりも芸術家と程遠い人間が最高の芸術家と呼ばれていた。運命は残酷だ。そして慈悲もなく、廻り続けるものだった。何が良いのかは私にはわからないが、王はひどく魅入られたように、興奮のまま告げる。


「これだけの物が作れるそなたの腕を見込んで、ぜひ王女とお腹の子供を描いてほしい。きっと最高の絵が出来るであろう!」

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