第5話 「画家」

朝の光が王宮の寝室に柔らかく差し込んでいたが、その静かな朝は突然の知らせで中断された。侍従が部屋に入ってきて、緊迫した面持ちで報告した。「女王様、いまお時間よろしいでしょうか」様子を見る限り只事ではないのだろう。畏まりながら侍女は言う。


「先日の毒物事件について、噂を流していた若き学者がいましたが、昨夜亡くなったそうです」侍従の言葉に、私の心は重く沈んだ。この学者の死はただならぬ影を私の心に落とした。


亡くなった彼はかつて私に対して毒殺未遂の疑いを持ちかけた人物であり、その終わり方が何を意味するのか、心の奥で不安が渦巻いていた。そんな心配をしていたときだった。


部屋をノックし、白雪姫が入室する。彼女の手には一通の手紙が握られており、その顔には深刻な表情が浮かんでいた。「それは?」と聞くと白雪姫が答える。「お母様、この手紙は亡くなった学者から私に届けられたものとのことです。昨夜、彼が亡くなる直前に送られたようです」


私は侍女を呼び、私たち三人で手紙を慎重に開いた。手紙には学者の最後の言葉が綴られていた。



若い学者は知識が足りず、白雪姫の治療が出来なかった自分。

今まで見下していた自分が、反対に見下されることへの恐怖。目をそらさせようと自らの仲間である、医師に毒を盛り、その罪を女王に着せようとしたこと。それは死罪になることはわかっている。けれど自分の家族だけはどうか守ってほしいという願いが記されていた。彼の深い後悔を示していた。


白雪姫は手紙を静かに読んだ後、私を見て言った。「どうか彼の最後の願いを尊重して、彼の家族が安全であることを保証してください」侍女もその言葉に同意し、部屋には重い空気が流れた。私は深くため息をつき、侍従に指示を出した。


「この手紙の内容をもとに、学者の家族の安全確保を最優先で進めてください。王には私からも伝えておきます」


侍女は「わかりました」と言って部屋を出ていく。再び私はため息をついた。そこまでする必要があったのか、とも思うが私が恵まれた立場だからなのだろう。少し気分転換をしたいと思った。私の気持ちに気づいてか、白雪姫が提案する。「よかったら庭園に行きませんか?」



朝の庭園は静かで、どこまでも広がる霧がゆっくりと晴れていく中、私と白雪姫は園内の小道を散歩していた。早朝の光が樹木の葉を通して地面に柔らかな光の斑を作り、空気は新鮮で心地よかった。


「お母様、このバラ、見てください。露がまだ残っています。」白雪姫が指さしたバラは、朝日に照らされてきらめいていた。私たちはその美しさにしばらく見とれていた。


そのとき、背後から静かな足音が聞こえ、振り返ると、一人の男性がスケッチブックを抱えて近づいてきた。彼は熟練した画家の佇まいで、栗色の髪は少し風になびいており、彼の青い目は朝の光を反射しているように見えた。


「おはようございます。そして、白雪姫様。美しい朝ですね。私はエドモンドと申します、宮廷画家をしております」彼は丁寧に自己紹介をした後、軽く頭を下げた。


白雪姫は彼に笑顔で応じ「今日も作品をお作りですか?」と尋ねた。


「はい、実は今、この庭園の美しさを描いておりました。もしよろしければ、お二人の肖像をこの風景に加えさせていただけないでしょうか?朝の柔らかな光が、非常に絵になりますので」彼が提案すると、私たちが自然に立つ位置を手指で示した。


私は白雪姫を見た後、彼女も嬉しそうにうなずいたので、私たちは彼の案内する位置に立ち、描き始めるのを待った。彼の筆は迅速で、しかし慎重にキャンバス上で動いていた。彼の集中している様子、そして彼の筆から生まれるアートに、私はただただ感銘を受けた。


「お母様との記念が出来て嬉しいです」白雪姫が感激しながら私にささやいた。



それから二人の肖像画を書き終えると、彼は筆を置いて、一瞬考えるような仕草を見せた。そして緊張した面持ちで私に言葉を続けた。


「女王様、もしよろしければ、私にあなたの肖像画を描かせていただけないでしょうか?」彼の声には真摯な響きが含まれていた。「宮廷でのご活動を通じて、あなたが示される力強さと優雅さを、私のキャンバスで表現させていただきたいのです」


私は彼の申し出に少し驚きつつも、彼の熱意に心を動かされた。「それは光栄なことですが、しかし、どうして突然そんな依頼を?」


彼は一瞬言葉を失いかけたが、すぐに落ち着きを取り戻し、「あなたの肖像を通じて、さらに深いアートの表現を追求したいと考えています。宮廷の中心として、あなたの姿は多くの人々にとって象徴的です。それを画布に映し出すことで、何か新しい発見があるかもしれません。」彼は答えた。


私は一考した後、彼の提案を受け入れることに決めた。「わかりました。それではどうぞ、始めてください」私がそう言うと、白雪姫は一礼する。「それでは、私は失礼しますわ」芸術家の集中を妨げないようにという彼女の配慮だろう。


彼は深く一礼し、満面の笑顔で感謝の意を表した。「ありがとうございます、あなたの信頼に応える作品を作り上げます」


しばらく黙々と彼は描き、私はそれを見ていた。


話題がないので私は彼から見た白雪姫について話を聞いてみた。特に理由はなく、ただの興味本位だった。


だが彼は真剣な様子だった。筆を休め、真剣な表情で語りかけた。「白雪姫様について申し上げますが、私が宮廷で観察する限り、彼女は常にその役割を見事に果たしています。公式の場では、彼女の振る舞いはいつも完璧で、王室の誇りを体現しているかのようです」彼は一息ついてから続けた。


「しかし、その完璧さの裏には、彼女が抱える圧力と孤独も感じ取れます。宮廷生活は、外から見るほど単純なものではありません。複雑な人間関係と絶え間ない期待が、彼女にも重くのしかかっていると推測します。人の上に立ち、支配する。その快楽は一度知ったら大抵のものは逃れられないものでしょう。彼女はわかりません。しかし多くの貴族はそうして少しでも権力を得ようと謀略を駆使して登りつめようとしています。それが彼女のいる場所かと」


「美しく、聡明であり、傍目では純真無垢に見えても。それは傍目からのもの」だから実際は違うのかもしれない、と。


「ならばどうしろ、と?」


「彼女は疑惑や計算などが渦巻いている場所にいるとご理解いただければ、と。彼女はひとりですが、あなた様が来てから笑うようになりました。私は笑顔の彼女が見たい。そして絵に収めたい。それだけでございます」


そうして出来上がった絵を見る。まだつぼみのはずなのに、と思うが彼の見た景色ではこうなのだろう。

そこには雪のように白いバラと椅子に座る私が描かれていたのだった。

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