第2話 唯一の選択肢
静寂の空気が支配する宴の終わったライブハウス。観客スペースに並べられた丸テーブルに、オレと女の子が向き合って座っている。そこにニコニコ顔の駿くんがドリンクを持ってやってきた。
「はい、甘めのカフェオレ。どうぞ」
女の子の目の前にカフェオレが置かれた。
ほっと安心したかのように表情を緩ませている。
「駿くん、ごめんね。閉店間際に」
「いえいえ、時間は気にせず、ごゆっくりどうぞ」
性格もいい笑顔の爽やかなイケメン高校生、最強だな……
そんなことを思いつつ、オレは女の子と向き合った。
「そういえば、名前は何ていうの?」
「
「香織ちゃんか、高校生かな?」
「はい、高校一年生です」
「そっか、そっか」
普通に受け答えも出来ているし、チャラついた様子もない。セックスに興味があるのかもしれないけど、だからといって……あっ……
オレは気付いた。彼女から兄貴と同じ匂いがするのだ。
微妙に定まらない彼女の視線。これはオレを前にして緊張しているからじゃない。この子は心に何か抱えている。オレに何かを訴えようとしているのかもしれない。オレは直感的にそう感じた。
「香織ちゃん、学校楽しい?」
「はい、園芸部に入っていて、部員のみんなで花壇のお花とか、校庭に植えられている桜の木とかの手入れをするのが毎日楽しみです」
「へぇ~、お花や植物が好きなんだね。男子部員とかいないの?」
「いますよ」
「じゃあ香織ちゃんカワイイからモテるでしょ!」
「……興味ないから分からないです」
学校では楽しく過ごしてるっぽいな。でも、学校の男子に興味がなくて、オレに来るのはなぜなんだ?
「興味ないんだ。オレみたいな年上が好みとか?」
「いえ、特には……」
「オレ、二十二だぜ。香織ちゃんより随分年上だからさ」
「年上が好きなのではなく、ワンさんが好きなんです……」
頬を赤らめる香織ちゃんを見て、こちらの顔も赤くなる。
ふと駿くんを見ると、オレを見てニヤニヤしていた。
「あー……、えーとね、香織ちゃんの望みなんだけど……」
「私じゃダメ、ですか……?」
「そうじゃなくてさ、なんて言ったらいいかな……」
「ワンさんの好きなようにしてください。めちゃくちゃにされても、私ワンさんなら……」
しかし、オレが目を合わそうとすると、香織ちゃんの目は泳いだ。
間違いない。彼女は本心を言っていない。
「香織ちゃん」
「はい」
「もう正直に言おうよ。ごまかしは無しだ」
目を見開く香織ちゃん。
「ホ、ホントです……私、エ、エッチな女の子で……」
「そんなわけないよね」
目を合わそうとすると、香織ちゃんは目をそらしてうつむいた。
無言の時間が続く。
そして、香織ちゃんはポツリと呟いた。
「……ワンさんを好きな気持ちは本当です……」
「でも、いきなりあんなことを望む子じゃないよね、香織ちゃんは」
テーブルの上に香織ちゃんの涙がポタリと落ちた。
「……私が自由にできるのは、もうこの身体しかないので……」
オレはその言葉に胸が痛んだ。
「どういうこと?」
香織ちゃんは、心に抱えていた大きな悩みを打ち明けてくれた。
母親の束縛。勉強、食事、衣服、そのすべては母親の指示通りにしなければならず、母親が期待した結果を残せなければ、厳しく叱られるらしい。これまでは何とも思わず、それを当たり前に生きてきたが、自分の進路や将来を考えた時、心に大きな疑問が湧いたという。そして、彼女には『花』に携わる仕事に就きたいという将来の夢もできたのだ。
しかし、母親に相談しようとしても一切話を聞いてもらえず、『お母さんの言う通りにすれば幸せになれる』の一点張り。有名大学に進学して、一流企業に腰掛けで就職して、条件の良い男と結婚して子どもを産めと。それが幸せなのだと譲らないらしい。
彼女は、残った自由は自分の身体だけだと考え、せめて好きなオレに自分のすべてを捧げたいとここに来たのだ。
母親は気付いていない。そして香織ちゃんも自覚がない。
今、香織ちゃんは限界まで追い詰められている。すでに彼女は、ここに来る以外の選択肢を持ち合わせていないのだ。オレが受け止めるしかない。受け止めなければ、きっと彼女は最後の引き金を引くだろう。
でも、彼女の望みは叶えない。オレは香織ちゃんを傷つけたくない。オレはオレのやり方で受け止める。
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