ANGEL KISS

下東 良雄

第1話 たったひとりの出待ち

「みんな、お疲れ」


 ライブハウスの控室。

 オレの声掛けに、他のメンバーは笑顔で振り向いた。


「おぅ! 今日もワンのドラム、すっげぇ良かったよ!」

「ホント、ホント! さすがはウチのバンドの大黒柱!」

「ワンもお疲れな!」


 ボーカルのレイト、ギターのジィル、ベースのカナン、そしてドラムのオレ・ワン。この四人で組んでいるのが、ロックバンド『BLACK NEEDLE』だ。

 バンド活動だけでは食べていけないが、一応インディーズでCDも出しているし、今日のようにライブをすれば、出待ちの女の子が必ずいる位の人気はある。ありがたいことだ。


 ただ、女の子たちの目当てはオレ以外の三人。三人ともオレが見てもカッコイイと思うしな。誰がどう見てもロッカーって感じだ。

 一方、オレは長髪ではなく、普通に黒髪だし、顔付きもごくごく普通で特徴がない。知らないひとは、オレがロッカーだとはまったく思わないだろう。


「三人とも女の子たちと遊びに行くんだろうけど……わかってるよな?」


 オレの言葉に三人とも素直に頷き、順番に声を上げていく。


「絶対にゴムをする」

「絶対に無理やりはダメ」

「絶対に未成年には手を出さない」


 オレは三人にOKマークを出した。


「大人の女性と合意の上で楽しむのは全然構わないけど、女性を泣かせるようなことは絶対にしたらダメだからな。女性が何と言おうが、その三つの『絶対』は守れよ」

「わかってる。言いつけを破ったことはないよ」


 ボーカルのレイトの言葉に、他のふたりも深くうなずいた。


「じゃあ、後はオレがやっとくから。楽しんでおいで」

「なぁ、たまにはワンも……」


 ベースのカナンが気を使ってくれたが、オレは首を左右に振った。


「オレはいいよ、身の程知ってるから。ほら、女の子たち待ってるよ」

「いつも悪いな」


 ギターのジィルがオレに申し訳無さそうな顔をするが、オレは笑顔でいってらっしゃいと手を上げた。三人も笑顔でオレに手を上げて、控室を出ていった。


 オレは、次回のライブの件を箱(ライブハウス)のひとと詰めておくために、客が帰ったステージに向かった。


「駿くん、お疲れさん」

「あっ、ワンさん! お疲れ様でした! 今夜のドラミングもキレッキレでスゴく良かったです!」


 ライブハウス『BURN』のオーナーの息子さん・駿しゅんくん。長身&イケメン、茶髪でポニーテールな高校生。若いのに相手を敬うことを知っているしっかりした男の子だ。そばかすがチャーミングな笑顔がとても可愛い彼女がいる。彼女いない歴=年齢で童貞なオレからすると、ぶっちゃけうらやましい。


「ワンさん」

「ん?」

「彼女、ワンさんの出待ちじゃないですか?」


 駿くんの視線の先。壁際に女の子がぽつんと立っている。

 あまり出待ちの女の子っぽくなく、黒髪ミディアムヘアの地味めな女の子。多分中学生……いや、高校生かな。


「オレじゃないでしょ。駿くんのファンじゃないの?」

「それこそ違いますよ! 絶対ワンさん待ちですって!」

「うーん……」


 悩んでいても仕方ないので、思い切って話し掛けてみることに。


「こんばんは」


 近づくオレに緊張している様子の女の子。


「どうしたのかな? レイトたちならもういないよ」


 女の子は、首を左右に振った。


「あ、あの……ワンさんに……」

「オレ?」


 うなずく女の子。

 オレは素直に喜んだ。


「マジかよ! メッチャ嬉しい! オレに女の子のファンがいるなんて! しかも、こんな可愛い女の子!」


 女の子はオレの言葉に頬を赤らめる。


「あの……大好きなワンさんにお願いが……」

「うん? 何だい? 握手でもする?」


 顔をゆっくり上げた女の子。

 オレと目を合わせる。

 女の子の目は潤んでいた。


「私の……」

「私の?」



「私のバージン、もらってくれませんか?」



 何いってんノ、このコ?

 オレのスッカスカの脳みそは、瞬時にパンクした。



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