見知った世界と知らない概念 その4

 夢の中で出てきた男が現れ、伊武獅の前へと少しずつ近づいてくる。──あれは夢じゃなかったのか?

 その瞬間、伊武獅の頭に、夢だと思っていた出来事がフラッシュバックされる。男の動き、首を絞められた時の痛みと苦しさ、そして、首を絞めている時に見た、男の紅潮した気持ち悪い表情。諸々、明瞭な情報が甦っていく。

 その情報が、実際に自身が体験した情報だったと認識した瞬間、身体の奥底から込み上げてくるような感覚があった。だが無理やり押し返して、なんとか鎮めることに成功した。

 無理やり抑え込んだため、態勢が崩れないように、右側に靴棚に手を置き身体を支え、目には若干の涙を浮かべつつ、大きく息を整えながら、近づいてくる男を視界に入れる。

 涙目の伊武獅の弱っている姿を見て、気分がいいのか、男は笑っている。


「お前、大丈夫か? 苦しそうだな。早く、楽にしてほしいか?」

「……」


 男の質問に対し返事しないでいると、気分を害したのか、「チッ」と返してきた。その間も、伊武獅は男を睨みつけながら、大きく息を整える。

 次第に呼吸が安定し、その後、伊武獅は真っすぐ立てるようになった。改めて男に目をやると、手にはバールのような工具を手にしており、あの時と変わらないことを確認する。まるで、コンテニュー後に、再び観るイベントシーンように思えた。ただ、今回は違う。今回、こちらにはマブラがある。根拠はないけれど、傘を使った我流の剣技で戦うよりかは何十倍も心強く感じられた。

 男はゆっくりと近づいてくる。伊武獅も迎え撃つ為に右手を向ける。伊武獅の構えを見た男は、鼻で笑った。


「おいおい? それで、どうするんだ?」

「……」

「チッ。また無視かよ」


 男からすれば、伊武獅が手のひらを向けてきただけしか見えないだろうが、これは伊武獅の攻撃の構えである。ただ、具体的な攻撃方法は決まっておらず、未だ考えている最中である。──そう言えば、「好きなように、イメージしなさい」と言っていた。そのイメージは、どんなものでもいいのだろうか?

 伊武獅が考え中なのか知ってか知らずか、男は伊武獅に近づくために、夢と同様、勢いよく踏み込んだ瞬間──

 突然、ドオオンと、伊武獅の右手から爆発が発生し、男は家の奥へと吹っ飛ばした。爆風を出した伊武獅は、ショットガンを撃った後の反動のように右腕が上がり、身体が仰け反る。爆風によって、右手が黒焦げになるかと思ったが、火傷にならないどころか、爆風の熱を感じなかった。

 想定外の反動で右腕に痛みが走ったが、痛みと共に、爆発が発生したことに感動した。シルヴィアの言う通り、本当に出来たことに気持ちが昂り、戦闘中にも関わらず、喜びの感情が爆発した。


「痛ぇ! てめえ、何しやがった!」


 吹き飛ばされた男は、後頭部を押さえながら上半身を起こし、伊武獅に訊ねてくる。

 伊武獅からすれば、手から爆発を出すイメージをして、それを実現させただけとしか回答するしかなかった。すると、男が立ち上がる動きを見せたので再度、男に右手を向ける。

 ふと思いついたのか、伊武獅は少し考える。向けていた右手を倒し、指を向けながら狙いを定める。指から銃弾が発射し、身体を貫くような動きをイメージする。これは、イメージ通りの結果になるかは分からない。

 男が立ち上がろうとした時、伊武獅は指から銃弾を発射し、男の方へと飛んでいく。だが、指が少し下を向いていたせいか、床に向かって飛んでいき、二発だけ男の脚に命中する。だが、当たった銃弾はイメージした結果とは異なり、貫通しなかった。服で隠れており被害状況は分からないが、強く叩いたぐらいの威力だろう。

 だが、男は少し痛がる反応をしただけで、想像よりも痛みは無かったらしい。痛みを引いたのを確認すると、ゆっくりと立ち上がり、男は攻撃を仕掛ける。


「くそっ、死ねえ!」


 男は叫びながら、鬼気迫る表情で、手に持っていた工具を振り上げながら、伊武獅の元へと距離を詰めていく。確実に、伊武獅を仕留めるという気迫が伝わってくる。

 男の攻撃から身を護るために、直径三十センチメートルぐらいの金属製の盾をイメージして作り出し、防御態勢に入る。男は工具を振り下ろすと、ガン、と甲高い金属音を響かせながら弾き返す。だが、イメージで作った盾というのは非常に脆く、一回攻撃を弾き返しただけで壊れ、爆発した。

 弾き返した反動と、壊れたことでの爆発によって、再び、男は家の奥へと吹き飛んでいった。二回も吹き飛ばされた男は、相当ダメージを負ったのか、上半身を起こすのに時間が掛かっていた。やっとの思いで体を起こすと、伊武獅に対し怒りをぶつける。


「てめえ、さっきから何なんだよ! 二度もぶっ飛ばしやがって!」

「いやあ、僕にもさっぱり」と、そう返事した。そう返すしかなかった。


 始めの爆発は意図的に起こしたけども、次の爆発は、偶発的に起きてしまったのだ。もしかすると、盾をイメージする時、潜在的に爆発機能を設けたのかもしれない。

 ここまで、男は攻撃を仕掛けるも返り討ちに遭っている。そのためか、男は非常に苛立っているようで、最終手段とばかりに、懐から折り畳みナイフを取り出した。そして、男の顔は、威嚇する獣のような模様の表情へと変化し、伊武獅を睨みつける。

 その表情に伊武獅は思わず息を呑むが、すぐに気持ちを切り替え、男が持つ〈ナイフ〉に対応するために、伊武獅は〈両刃の直剣〉をイメージする。

 刃渡り六十センチメートルと少し短く、短すぎると思うかもしれない。だが、伊武獅の身長は低く、丁度いい長さのように思われる。ただ今回は、細部までイメージしていないため、粗朴な剣が出来上がった。

 男は、伊武獅に向かって走りながら、ナイフを振りかぶる。伊武獅も合わせるように、剣を振りかぶる。

 振りかぶった後、伊武獅はあり得ない現象を目にする。それは、威嚇する獣の模様だったが、目と口の周りを縁取る模様に変わったのだ。どういう原理で変わっているのか分からない。ただ思うのは、男は、より攻撃的な表情になっていると感じた。

 二人の距離が一メートルを切り、剣を握る手に力が入る。五十センチメートルを切った瞬間、伊武獅は覚悟を決め、振りかぶった剣を思い切り振り下ろす。

 男の右手を切り落とし、大胸筋に当たる。右手が切り落とされた男は、大きな悲鳴を上げながら大きく仰け反る。間近で、悲痛な叫びを聞いた伊武獅は怯まず、悲鳴を掻き消すかように雄叫びを上げながら、大胸筋に食い込む剣身を使い、大胸筋から腹部、右下腹部、右太腿へと切り裂いていく。切りつけた瞬間、盾と同様、剣身は折れ、大きな爆発が起きた。爆発音に埋もれながら、男は再度、大きな悲鳴を上げる。


「あああああああああああ!」


 男は叫びながら、傷口から大量の血液が噴出させ、爆発によって吹き飛ばされていく。男は立ち上がる事はなく、決着はついたと思われる。というのも、試合終了のゴングが鳴らされることなんて無いからだ。なんなら、試合開始のゴングすら鳴っていない。

 周りの壁や床の大半は血に染められており、伊武獅の身体も血まみれになっていた。呼吸をしようにも、鉄などの嗅ぎなれない臭いが鼻、体内へと入ってくる。吐き気を催しそうな状況に必死に堪えるも、伊武獅の目から涙が出て、身体の奥から込み上げてくるものを必死に抑え込む。視界は狭まっていく状態に思わず、早く楽にしてほしいと願うほど、現状に対する拒絶反応が起き始めていた。

 ふと、頭にシルヴィアのことを思い出す。もしも、シルヴィアに顔を見せず、この場で倒れてしまったら、心配を掛けることだろう。なんだったら、シルヴィアに殺されるかもしれない。

 先ほどよりも視界が狭まっていき、力も上手く制御出来ない。踏ん張ろうにも、力が緩んでいく。這いつくばって、なんとか玄関ドアのハンドルに手を掛けたところで、伊武獅の視界は完全に閉じてしまった。


 何者かが、眠っている伊武獅の頭を優しく撫でていた。ふと短く唸り、ゆっくりと目を開く。

 伊武獅の目の前には、大きな紺色のこぶがあり、後頭部には若干柔らかく、適度に反発する何かがあった。夢現な頭で考えていると突然、大きなこぶがいきなり迫って……きたかと思えば、伊武獅を覗き込む顔が現れた。

 その顔に、伊武獅は見覚えがあった。それはシルヴィアの顔であり、優しく微笑んでいた。


「ようやく、目を覚ましたのね」

「シ、シルヴィアさん⁉ てか、何してるんですか⁉」

「膝枕よ」

「ひざまくら?」


 シルヴィアの回答に、少し周囲を伊武獅は見渡す。後頭部に適度な反発力のある何かの正体は、シルヴィアの太腿であった。、太腿に頭を載せていることを認識した伊武獅は、続けて大きなこぶの正体も分かった。その瞬間、伊武獅の顔は真っ赤に染まり、穴という穴から、蒸気が噴き出したくなるほど、恥ずかしい気持ちでいた。

 伊武獅の恥ずかしがる姿を見たシルヴィアは、微笑みで反応しつつ、伊武獅の顔を眺め続けており、何が面白いのか、頬をツンツンと突いてくる。ぷいっと、窓がある方へ向くと、夕日が目に入ってきたので、強く目を閉じる。

 慎重に目を開けると、外は夕日が沈みもうとしているくらい暗くなっており、灯りを点けていないせいで、陽の光も相まって、影の世界にいるようだった。そのため、沈んでゆく夕日は貴重な存在のように思えた。

 ようやく、伊武獅は身体を起こし、周囲を見渡す。見覚えのある家具が目に入り、リビングに居ることが分かった。ついでに、時間も確認すると、後数十分で午後六時を迎えようとしていた。外が暗くなっているのも納得がいった。

 けど一つ、分からないことがある。何故、膝枕されていたのか、理由が分からない。眠る前のことを振り返ってみよう。

 家の中に入ると、見知らぬ男(見たのは、二回目ではあるけど)と遭遇した。そして、男と戦うことになって、切りつけたんだ。──

 と、ここで、伊武獅の顔は青くなった。玄関周りは血に染まり、血溜まりが出来ていることを思い出し、慌ててシルヴィアに確認する。


「ねえ、シルヴィアさん⁉ あの人は⁉」

「彼方。落ち着きなさい。全て、私が片づけておいたわ」

「ええ……」と、伊武獅の顔は更に青くなっていく。

「か、勘違いしないでくれるかしら。汚れとか男の処置とか、諸々のことよ」と慌てて、返答がきて、それを聞いて安心し安堵する。

「じゃあ、あの人は死んでいないって事でいいんだよね?」

「そうよ。あんな状態でも死んでないわ。それよりも、まだ休んでなさい」


 二度の確認をする伊武獅に、シルヴィアは怒らず、むしろ笑顔で答えてくれた。


「そういえば彼方、全然聞いてこないのね」

「え、なにが?」

「結果よ。彼方が家の中に入る前に、『僕が行く』って言ったじゃない」

「ああ。そういえば、そうでしたね」


 まだ寝ぼけているのか、数時間前の発言をしたことを忘れていた。何故、忘れていたのか分からず、その恥ずかしさに伊武獅は顔を赤くする。

 伊武獅の反応を見て、シルヴィアは笑みを零し、話を続ける。


「結果はもちろん、合格よ。これで彼方も、マブラ・ゲームに参加する権利を手にしたわ」

「手にした、ということは、僕が正式に、参加するって言わないとダメってことでしょ?」

「察しが良くて嬉しいわ。けど、すぐに返事しなくてもいいわ。今はしっかり休みなさい」


 シルヴィアに言われるがまま、伊武獅は、ソファーの袖を枕にして目を閉じる。


「合格」の言葉を貰い、気分が良くなるのを感じていた。ここ最近、誰かに褒めてくれることなんて無い日々を送っていたため、誇らしげな表情になる。同時に、切りつけた時の感覚が残っており、胸にしこりがあるような気がした。

 今日の諸々の経験を、頭で整理しながら瞼を閉じ、眠りにつく。


 伊武獅は小さな寝息を立てながら、眠っている姿を見つつ、シルヴィアは、先ほどの戦いを振り返る。初のマブラを使った戦いのはずが、結果は伊武獅の圧勝。伊武獅の中に、天武の才があるのではと思いつつ、直ぐ傍で眠る伊武獅に優しく言葉を掛ける。


「おやすみ、彼方」

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