第6話 本来の目的は達成できませんでした
始まりの街、グルーデル。酒場、昼。
私は酒場に入っていくと、クエストを受注出来る
「こんにちは、ミゲルさん。これから、二人でクエストを行きたいのですが戦闘難易度が低いものはありますか?」
『はい。二人用ですね。ですが、戦闘難易度はありません。今の時間帯でしたら、こちらになります』
「ん? 時間帯? 戦闘難易度がない?」
『はい。今は昼なのでこちらのリストが該当します。クエストに戦闘難易度はありません』
「どうも」
『では、二人用のクエストリストを表示しますね』
ポンッ!
うわ、相変わらず、すごい数があるな。それに、どれだけスクロールしても最後まで行かない。どんだけクエスト量があるんですか、
けど、戦闘難易度がないのも気になる……ダメだ、分からん。どうしよう。
私は一旦、スクロールをするのをやめて周囲を見た。
んー、ブリューゲルはまだ来ていないか。いたら、聞いてみようと思ったんだけど。いやダメだ。私が選ぶって言いだしたから、自分で決めないと。けど、この数から選択するのかぁ……何か策は……あ、そうだ。以前受注した情報を
スペルマジックのクエストは情報収集が重要なゲームだった。それに、NPCは私の質問に柔軟に回答してくれる。それなら、答えられる範囲で答えてくれるはずだ。
「ねぇ、ミゲルさん。グルーデルから東へ行ったところにある二本杉がある場所で、ベアウルフと戦いたいの。その条件に合ったクエストはありますか? 時間帯は昼で、達成条件も教えてください」
『ベアウルフと昼、ですね。それでしたら浜辺になります。浜辺はグルーデルを南に出てしばらく歩くと見えてきます。ただし、夕方になるといなくなるので、それまでに討伐してください。討伐数は十体です』
こりゃ、ご丁寧に説明してくれて、驚きだ。次に質問しようと考えていたことまで教えてくれた。だけど、私から話しかけないと一切話しかけてこない。まぁ、NPCだから当然っちゃ当然か。けど、めっちゃ賢いよなぁ、どんなシステムで動いているんだろう、よくわからん。
ポンッ!
『二人用クエスト。浜辺で群れる狼が表示されました。よろしいですか?』
「はい」
ポンッ!
『浜辺で群れる狼。二人用クエストを承認しました。PTクエストリストに追加します』
ほほぉ。PTを組んでいると、別枠のリストに追加されるのか。
ブリューゲル、まだかなぁ?
あ、いた。入り口付近で手を振っている。もう、来ているんだったら声かけてくれてもいいじゃんか。
私は近くに駆け寄った。
「もう。来ていたんなら、声かけてくれてもいいじゃないですか」
「おう。すまん、すまん。どのクエストを選ぶのか楽しみでよ。俺がいたんじゃチュートリアルにならんし、受注すれば俺にも分かるからな。んで、討伐はベアウルフにしたんだな」
ふむ、そういうことね。
「はい。この
「ほう。それなら丁度いいか。覚悟、しておけよ? セレスディア。それから、敬語」
そうだった。この人、敬語を気にする人だったぁ。気をつけなきゃ。
「覚悟? ですか? ……覚悟?」
「まっ、遭遇してからのお楽しみだ。敬語も少しずつでいい。早速、行くか。先導してくれ」
「はい!」
あ、そうだ。先に、動画を撮ってもいいか聞いておかないと。引き受けてくれればいいな。
「ねね。ブリューゲル。突然なんだけどさ、実は私、動画投稿してるんだけど、これからやるクエストの動画を録画してもいいかな?」
「なんだ。おまえさん、そんなことやってんのか。別に構わねぇよ。だけど、名前は分からないように隠してくれよ」
「うん! ありがとう」
よし、許可してくれた。じゃあ早速、
これでよし。録画スタート!
私たちはクエストリストの情報を頼りに、地図を見ながらグルーデルの南にある浜辺へと移動を開始した。
NPCから詳しい情報を得たとしても、地図には『浜辺』の文字はなく海の地形が表記されているだけ。だけど、自分で目印を付けることは出来る。これならば、フィールドを探索しながら地図に記憶させていって、受注クエストの情報と地図の情報を照らし合わせながら進んでいけば、あまり迷わずに目的地へ辿り着ける。
でも、最初は自分で探さなければならないし、地図には自分で書き込まなければならない。探索要素が多すぎるのだ。だけど、私はこういった謎解きが得意だし、大好きだから全く苦にならない。むしろ、遠足や旅行みたいで楽しいとさえ感じている。
道に転がっている小さな石ころから、地面から生えている雑草。大地に根付く大きな木から小さな木。風が吹けば葉っぱは揺れるし、耳をすませば音も聞こえる。歩いたり、走ったり、飛び跳ねたりすると靴底から音が鳴る。地面に落ちている小枝を拾って持つことも、靴に当たって飛んでいった小さな石ころを拾って投げることも出来る。
まさに自然そのものだ。
だけど、小石を握ったり、草をむしったり、木を叩いたり触れたとしても現実世界と同じような感触は私の手には伝わってこない。まっ、
目に映る景色を眺めながらルンルン気分で歩いていると、徐々に波音が聞こえてきて、微かに潮の香りもしてきた。私は、波音が聞こえた方向に走っていくと、そこには太陽の光で輝いている海が見えた。
「わぁ、すごくきれい! キラキラ光ってる。ねぇ、見てくださいよ! ブリューゲル!」
「はぁ。全く、これから討伐だってのに。ガキみたいに、はしゃぎやがって。子供の遠足かぁ。ここまではしゃぐやつは初めて見たぞ……でも、その笑顔、ずいぶんと楽しんでるな。そんなに海が好きか?」
「んー、海って言うか。
「だって? 何だ?」
「……なんでもないよーだ!」
だって現実世界の私は、自分の足で歩くことも、自分の足で走って遠くに行くことも、運動することもままならない。例え乗り物で色んな場所に出かけても、誰かに車椅子を押してもらわないと遠くに行くことは出来ないし、自分の手で車輪を回してもすぐに力尽きてその場から動けなくなってしまう。
だから私は、自分の足で歩いて行ける、色んな景色を楽しめる、思いっきり身体を動かせるこの世界が好き。ここには、まだまだ私の知らない場所がたくさんあるに違いない。
それにこの感覚は、私が十歳の頃、初めてVRの世界にログインした時の感覚と全く同じ。
あの時に見た景色と体験は今でもはっきりと覚えている。私は
「……確かに、よく見るときれいな海だな。俺は討伐とクエストをクリアすることしか考えてなかったから、こうやって景色を眺めるってことはあまりしてなかったな」
「ええ! もったいないなあぁ。こんなにもキレイなのに。私なら、この世界の景色をもっと楽しみたい」
「いいんじゃねぇか? ゲームの楽しみ方は人それぞれだ。それに、何だか俺もホッとした気分になったな」
「でしょ?」
「ああ。そうだ、浜辺へ着く前に言おうと思ってたけど丁度いいや。
「お弁当! 食べる!」
ブリューゲルはご丁寧にレジャーシートを呼び出して、色んな種類の食べ物を出してきた。見てみると、お握りや唐揚げ、サンドウィッチ、飲み物まで現実を忠実に再現されていた。
私はレジャーシートの上に座って、その中からお握りを選んで一口食べてみた。
「ん! おいしい! え! 何で! ここ、ゲームだよ! しかもこれ、見た目もめっちゃリアル!」
「そうだろう。俺も最初に食べたときは驚いた。聞いた話じゃ、せめて味覚だけでもゲーム内で再現出来ないか色々と試行錯誤したらしい。しかも作れるものは、現実とリンクしていてレシピも一緒と来たもんだ。不思議だろ?」
「うん! めっちゃ不思議! それに、海を眺めながら食べるお握りは美味しいなぁ。天気は快晴で景色もいい。最高すぎるよ。それと、このお茶の味も現実とほぼ同じだね」
「だろ? ちなみに、ここでもしっかり
「へぇ、そうなんだぁ」
「おう。そんでな、
「はーい」
「……まっ、いっか」
「ん? 何か言った?」
「いや。……確かに、普段から食べてるが、こうやって海を眺めながら食べたことなかったな。うん、うまい」
「でしょう! 美味しいよね! このお弁当ってどうやったら手に入るの?」
「そうだな。NPCから買ったり、自分で作ったりも出来るぜ。俺の
「ほほう。でも、いいなぁ。戦うことだけじゃなくてさ、こうやってお弁当を持って色んな場所へ行って、景色を眺めて旅をするのって憧れる。そんなクエストが、あったらいいのになぁ」
「どうだろうな。長いことプレイしているけど、どのNPCからも似たようなクエストは無かったな。俺が討伐系クエストしかやってなかったからかもしれないが。でも、もし、そんなクエストがあったら手伝うよ。息抜きになるかもなるだろうしさ」
「ありがとう」
ポンッ!
『特定クエスト。未知なる世界、開拓者への道を発見しました。承認しますか?』
えっ? 何だろう、これってクエスト? 特定って何?
私は急に表示されたクエストに驚いて、一瞬固まってしまった。
「ね、ねぇ。ブリューゲル! 新しいクエスト来た?」
「あ、あぁ。俺にも承認の確認が表示されている。しかも、特定なんて
「しかも見て! ほら、ここ! 記載されているのは『海』の一文字だけ。どういうことなの?」
「わからねぇ。けど、多分次は『海』に行けってことだろうけど、『海』と言っても地図の一番端っこに行くしかねぇ。だが、範囲が広すぎてどこの浜辺に面した『海』なのかを正確な場所を特定するのは困難だ。ん? 特定? って、まさか!」
「どうしたの? 何に気づいたの?」
「あくまで仮説だが。さっきセレスディア言っていたよな? 景色を眺めて旅をするってよ! んで、俺もそれを手伝うって言ってセレスディアが同意した。多分、それが発見の条件に違いねぇ。本来ならNPCからクエストを選択して承認するけど、これに関しては発見って表示されてる。だから、発見した場所を調べて次の目的地を特定していくのかもな」
「なるほど! 言われてみれば確かにそうかも! クエストにも特定ってあるもんね! さっすがぁ、頼りになる!」
私は、思いもよらぬところで発見したクエストに興奮している。何たって、私が思い描いたことを疑似体験することが出来るのだから。
「ありがとよ。だけど、やってくれるぜ、スペルマジック。まさか、こんな方法でクエストを発生させるとはな。戦闘狂の俺らだったら、一生かかっても発見出来ないクエストだ」
「って事は、NPCからじゃなくてもクエストを受注、もしくは発見出来るってことだよね」
「あぁ、おそらくな。まさか、
私は、何故このクエストを発見出来たのかを思い返した。
「二人で海を眺めながらお弁当を食べて、旅をしたいって言って、そんなクエストがあればいいって言ったら表示された、か。ふむ。ねぇ、ブリューゲル。
私がそう尋ねると、地図を開いてくれて教えてくれた。
「ほら、ここ。この地図の一番下にある街がグルーデル。んで、そこからさらに下へ行った所が今、俺たちがいる場所だ。んで、全体図を表示させるとこんな感じだ。方角で言うと、この大陸の一番南に位置しているのがグルーデル。だが、俺でもこの大陸全土にある全ての場所には行ったことがない」
「……なるほど。となれば、まず最初はここの浜辺で何かを発見するしかないのか。現状だと、それしかヒントがない。それに、発見出来たとしても次はどの場所に行くのかが詳細不明だし、範囲が広すぎる。ねぇ、ブリューゲルはいつから
「約三年だ。正式サービスが開始されてから、ほぼ毎日やっている。最初の頃は、この浜辺にもよくお世話……よく来たが、目的は討伐をしに来ただけだし、発見なんてものは考えたこともなかったな」
「ふむ。討伐のみだと条件は満たしていない。だから、発見出来なかった。となれば、条件は景色か? いや、その前にもNPCからクエストを受注している状態でここに来た。しかも、浜辺に関連したクエスト名だったな。特定の条件を満たした時にしか発見出来ないクエスト、か」
「達成条件と報酬が分からない謎だらけなクエストっぽいけど、どうする? 挑戦するか? って、その顔を見りゃ答えは決まっているな」
「もちろん! クリア前提で挑戦するに決まっているじゃない! こんなにも心を躍らせてくれるクエストを、放って置く訳にはいかないでしょ!」
「決まり、だな。よし! 俺も手伝うぜ。いや、手伝わせてくれ。だがな、このクエストは偶然とは言えセレスディアが発見したから、全ての決定権はおまえさんにあると考えている。だから、どういう風にクエストを進行していくかの判断はセレスディアが決めてくれ。俺はその指示に従うぜ」
「ありがとう、ブリューゲル。考えておくね。じゃあ、早速承認するところから始めましょう」
「そうだったな。……同時に押すか?」
「それいいね! 準備して!」
私たちは波音が聞こえてくる方角を向いて、新しい発見に出会えたことへ感謝を込めて海に沈む夕日を眺めた。
「準備はいい? ブリューゲル」
「ああ、いつでもいいぜ。セレスディア」
「じゃあ、いっくよー! せーのっ!」
ポンッ!
『未知なる世界、開拓者への道。特定クエストを承認しました。特定クエストリストに追加します』
ポンッ!
『このクエストは、承認したプレイヤーが許可をしたプレイヤーとしかPTを組むことが出来ません』
ポンッ!
『探索を終えたらPTを組み、その場所を探検してください』
「へぇ。面白い条件だね。探索をして場所を特定したら、その場所にある謎を調べるのかな? さっき、ブリューゲルが言った仮説通りになったね。だけど、PTの推奨人数の記載がない。PTは最大で何人までなの?」
「最大で四人までだ。んで、承認したのは俺とセレスディアの二人だから合計八人。この説明を読んでも、許可をしたプレイヤーとしかって記載されているから合計八人までだと思う。それに、情報を得るためにも
「えぇ。だけど、鍛えてくれるんでしょ?」
「任せておけ。俺ら、黒衣の騎士団が全力で叩き込んでやる」
「ありがとう。頼りにしてる……それにしても、きれいな夕日だね。いつまでも眺めていたい」
「……だな。もう少し見ていくか?」
「大丈夫。ありがとう。いい思い出になったから」
私は、この場所からでしか見えない海に沈む夕日を脳裏に焼き付けると、空高く両手を上げて大きく背伸びをした。
「さぁてと、遅くなっちゃったけど、さくっと
「……すまん。気持ち入った所申し訳ないが、時間切れだ。そのクエストの期限は夕方までだ」
「あぁ! もう! 何で言ってくれなかったのよ!」
私は、ブリューゲルの衣装を両手で掴み、大きく揺さぶった。
「おいおい、よせって。あの雰囲気で言い出せるわけないだろが。受注クエストは破棄しない限り、残り続けるんだし。それに、いいじゃねぇか。それと引き換えに、新しいクエストを発見出来たんだからよ」
私はその言葉を聞くと、掴んでいた衣装から手を離した。
「まっ、それもそうね。それならさ、特定クエスト、開始してみない?」
「そうだな。いっちょ探してみるか!」
もう少し時間が経てば、太陽の日が沈み夜になる。
だけど私たちは、新しい何かを発見するために浜辺へと向かった。
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