ルーの物語3

「いらっしゃい、ノヴァ」

「お邪魔します」

 母さんはコーヒーを淹れると、話してくれた。

「あなたにとっては、あの戦争は遠い昔のことかもしれないけれど、ラディさんや父さんには現実の出来事で、今日はラディさんのご両親が亡くなられた日なのよ」

「えっ……」

「そのときの記憶が夢の中でフラッシュバックして、ずっと苦しんできたの」

 昨夜の彼の苦しい寝言を思い出していた。


「でも、少しづつでも前へ進んでいると思うよ」

 そのとき、帰ってきた父さんがコーヒーを手に、そう言いながら母さんの隣に座った。

「お帰りなさい、父さん」

「ただいま。ノヴァもお帰り」

「お邪魔しています」

「おっ……」

 父さんは少し驚いて、あたしは微笑んだ。

「いらっしゃい」と迎える母さん、父さんは「お帰り」と言ってくれるけど、あたしはもうこの家に帰ってきても「ただいま」とは言わない。


 父さんは続けた。

「以前、一緒に船に乗っていたときは、ご両親が亡くなられた日の他にも何が引き金になるかわからなくて、熱を出してた。なかなか熱が引かなくて、そんな時にはイラついてトゲトゲしかったよ。ノヴァにとってはいつも優しいラディだから、想像できないと思うけど」

 あたしはそんな若い頃のふたりを想像してみようとした。


「解熱剤がどれも効かなくて、いろいろ試したけれどダメだった。熱発しているのに起きて動きまわっているから、言いあいになって、僕はどうすることもできなくて。薬で強引に眠らせたりしたけど、余計に彼を苦しめることになったかもしれない。そのときのラディにとって、ベッドで眠ることは苦痛だと言われた」

 父さんはコーヒーをひと口飲んでから、

「でも今では、自分でちゃんと休むようになったし、体調を崩す回数も少なくなってきたからね」


 あたしは少し怖かったけれど、尋ねた。

「どんな夢を見ているのか、知ってるの?」

 母さんはうなずいた。

「眠れないことがあるから、薬を処方して欲しいと相談されたとき、詳しい話を聞く機会があったの」

 母さんは一瞬、目を閉じて、間をおいた。

「『宇宙空間で、自分はひとり用の退避カプセルの中にいて、目の前を大型船が燃え落ちていく。目をそらすこともできないまま、ただ見ている以外、何もできない』 夢はいつも同じでハッキリしていて、何度もそれを繰り返すと言っていた」

「……その船にはご両親が残っていて、亡くなられた」

 父さんが静かな声であとを続けた。


 あたしは片手で口をおおった。

(ああ……。それは、辛い。……辛すぎる記憶)

「考えてみて。そのときラディさんは何歳いくつだった? 大きな渦にまきこまれて、たったひとりの少年にいったい何ができたというの? それでも、大切な人を守れなかった自分を責めて、ずっとその気持ちは消えない。うわべだけの関係では決して見せないラディさんの、その奥にあるとても繊細な部分を忘れないであげてね」


「でも、母さん。どうしたらいいの? 哀しい記憶をのりこえることはできないの?」

「私は、哀しみは乗り越えるものじゃないと思ってる。哀しみの形が変わることがあっても、無くなることはないから。どうしようもないこと、どうにもできないこと、はあるのよ」

「それは……。あきらめるということ?」

「いいえ。自分を許すこと、認めてあげるということよ。自分はできる限りのことをやった、それはそのときの精一杯だったのだということを」

 隣でその言葉を聞いた父さんが急にうつむいて、片手で顔をおおった。

「ごめん、ちょっと……」

 そう言って、急いで席を立っていった。

「父さん?」

 あたしは父さんが泣きそうになっているのを見た。


 母さんは父さんをいたわるような目で見送って、

「あの人も大切な人を失っているから……。ノヴァ、あなたはまだそういう経験はないけれど、大切な人を亡くすということは、自分にとって深い関係の人であればあるほど辛い事。それを覚えておいて欲しいの」

「あたしに出来ることはあるのかな……」

「どんな慰めや励ましよりも、時間が解決することがある。あなたは何も言わなくていいから、ただそばにいてあげて」

「それだけでいいの?」

「そう、それだけ。さて、私はこのあとディーをフォローしてあげないといけないから。あなたはそろそろ帰りなさい。ラディさんが待ってるでしょ」

「うん。ありがとう、母さん。話してくれて」


 

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