ノヴァの物語9

 母さんはあたし達に言った。

「ふたりともコソコソしないで、堂々としていればいいじゃない?」

 あたしが引っ越しをどうしようかと迷いはじめたのを見透かすように、

「予定通り、ノヴァはラディさんの所に行きなさい。父さんとラディさんは、しばらく顔を合わせづらいだろうから、少し距離をおいた方がいいと思うし。大丈夫よ。こういうことはきっと時間が解決してくれるから。そのうち、ディーの気持ちも落ち着くでしょう。温かい目で見てあげて」

 こういうとき、動じない母さんはすごい、といつも思う。


「いろいろすみません、よろしくお願いします」と、母さんに頭を下げて、おじちゃまが帰っていったあとで、あたしは母さんに呼ばれた。

「ノヴァ、ちょっと来て」

「何? 母さん」

「言い忘れたことがあるの。いい? もし子供が欲しいと思ったら、よく考えてね」

「やだっ、母さんたら……」

 あたしは赤くなった。


「真面目な話よ。ラディさんは見た目は若々しいし、子育ては経験しているから慣れているけど、以前とは事情が違うでしょう? 父さんと同い年の人に、もう一度また育児をしてもらうことになるんだから。そう見えないかもしれないけど、今はラディさんも責任あるお忙しい立場なんだし」

「う、うん……」

「学業も子育ても片手間にはできない事でしょう? それに、最悪の場合、この先、育児と介護をいっぺんにすることになるかもしれないのよ」

 考えなくてはいけないことがたくさんで、あたしは頭がクラクラしてきた。

 母さんは笑った。

「でも、いろいろ考えすぎて動けなくなるより、そのとき出来ることを考えて、やっていくしかないでしょうね」

「わかった」

「あ、でも私は基本的に大賛成。あなた達のときは子育てを楽しむ余裕なんて全くなかったから。孫育ては楽しそう。全面的に協力するつもり。それにお世話になってばかりいたラディさんに、やっと恩返しすることができるもの」

 あたしは少し呆れた。

「母さん、何か楽しんでない? 他人事ひとごとみたいに」

「だって、他人事ひとごとだもん」

 母さんはまるで子供みたいな口調で言った。

「母さんってば!」


「あとはね。正式なパートナーになったら、おじちゃま、と呼ぶのはもうやめなさいね」

「えっ?! そんな、どうしたらいいの?」

(おじちゃまの本名って? 何だっけ?)

「そんなの、ふたりで決めればいいでしょ?」

「母さんはどうしてたの?」

「うーん、私はしばらく敬語を使ってたなぁ。父さんはクライアントだったし。あ、これって守秘義務があることだけど、まあ家族のことだからいいか……。そのうち話してあげるね」


 父さんが母さんに頭が上がらないのは、母さんが精神科医で父さんの主治医だったから……というのは、以前、おじちゃまから聞いた。そこからふたりがどうしてパートナーになったのか、詳しいいきさつは知らない。


「今までも家族みたいなものだったけれど、ラディさんはずっとひとりだったから、あなたが自分だけの家族になったら、とても嬉しいでしょうね」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る