ノヴァの物語11

 おじちゃまの部屋で、あたしは口座を確認して、仰天した。

「うわ! どうしよう、これ」

 想像以上に相当額が入金されてあった。

「どうした?」

「父さんが使いなさいと渡してくれたのだけど、こんなの受け取れない……」


 おじちゃまは画面をのぞきこんで、「ああ、これは……」少し考えてから、

「ノヴァ。ディープは、君の学費の件もあって、僕に迷惑かけたくないと思ったんだろう。君は早くに家を出たから、できなかった今までの分も含めてね。親心だよ。ディープらしいね。大切に、ありがたく使わせていただくことが、それに応えることになると思うよ」

「だって……」

「ありがたいことだね。使ってあげること、それもひとつの親孝行だよ」


 あたしは、父さんが正式な手続きをするようにと言ったのを思い出した。そしたらもう「おじちゃま」とは呼べなくなる。

「ねぇ、おじちゃま。あたし、これからなんて呼んだらいい?」

 おじちゃまはコーヒーを淹れながら、

「え? 普通に名前で呼べばいいじゃない?」

「それが難しいから、聞いてるの!」


 おじちゃまは今までずっとあたしの父親代わりで、今さら名前を呼び捨てになんて出来るわけがない。


「何で? ああ、グラントのところはユーリだし、エリンはディーって呼んでるのか。どうしてそうこだわるのか、わからないけど?」

「おじちゃまは女性の気持ちがわからないんでしょ。自分だけが呼べる名前って、特別な意味があるんだから」

「ふーん、そういうものですかね」

 おじちゃまは関心が無さそうだ。ふたり分のコーヒーを持って来て、あたしの隣に座った。


「ねぇ、あたしがノヴァと呼ばれているみたいに、ラディというのも略称なんでしょ? 正式な名前はなんていうの?」

 あたしが聞いたら、父さんも母さんも顔を見合わせて、「何だっけ? そういえば聞いたことない」と、そう言っていた。

「ヤダ。教えたくない」

「はあ? 何、子供みたいに」

「自分の名前、好きじゃないんだよ。ステフの本名、ステファニーっていうんだけど、使ってないだろう? それと同じだよ」

「ステフさんの場合は、女性名だからでしょ」

「だから、それと同じくらいに使いたくないんだよ」

「じゃあ、ミドルネームはあるの?」

「……ある。でも公式な書類以外では使ったことがないから、きっと誰も知らないよ」

「教えて。教えて、お願い」


 おじちゃまはものすごくイヤそうに、しぶしぶ言った。

「……ルーモス。祖父じいさんからもらったらしいよ」

「あ、じゃあ、ルーって呼んでもいい?」

 おじちゃまはため息混じりに、

「どうぞ。君の好きなようにしてください」

 あたしは辛抱強く続けた。

「あのね。父さんが『落ち着いたらきちんと正式な手続きをしなさい』って言ったの」

 コーヒーを飲んでいたおじちゃまの動きが止まった。


、名前を知りたいの。教えて」

 おじちゃまは真面目な顔になって、あたしを見た。ひとつひとつ区切るようにして、

「ラディアント・ルーモス・ソーン」

「……素敵な名前」

 おじちゃまは、またため息をついた。

「ファーストネームもミドルネームも、意味は『光』だから、ダブルの光だよ。大層な名前だろう?」

「あたしだって、ノヴァスは『新しい星々』だから、似たようなものでしょ。ふーん、それじゃ、あたしは 『ノヴァス・ブルー・ソーン』になるのね」

 あたしが言った名前を聞いた途端、おじちゃまは急に黙った。


「……どうしたの?」

 うつむいた肩がかすかに震えていて、

(え……?)

 片手で顔をおおって、涙混じりの声で言った。

「どうして?……どうして、涙がでるんだろう。君が家族になるって、嬉しいはずなのに」


 そういえば、母さんが言っていた。

『ラディさんはずっとひとりだったから、あなたが自分だけの家族になったら、とても嬉しいでしょうね』


 あたしはおじちゃまの背中をなでた。

「おじちゃま。いいえ、ルー。今までひとりで淋しかった?」

「……うん」

「でもこれからは、ひとりじゃないから。あたしがいつもそばにいるから」

 そう言った途端、あたしはギュッと抱きしめられていた。


 *


「おいで、ノヴァ」

 あたしに触れる優しい手からは、大切に想ってくれている気持ちが伝わってきて、導かれるままにゆだね、


 そして……。あたし達はひとつになる。


 ルーは、あたしがこぼした涙に気がついて、そっと指で拭った。

「ノヴァ、ごめん。君を泣かせた」

 あたしは微笑んだ。

「ううん、違う。嬉しいの。いつかこうなったらいいなと思ってた」

 あたしは手を伸ばし、ルーの頬に触れた。

「大好き」

 ルーはあたしを抱きしめた。耳元にささやく甘やかな声。

「……君をずっと待ってた」


 

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