ノヴァの物語4

 ——静かだ。雨が降っている音がする。


 地上で雨が降っていても、雲の上は晴れているというけど、あたしの心が晴れる日はいつ来るのだろう。

 まだ若い、人生はまだまだこれからだと言う人達。他人事だから、言えるよね。責任ないし。今まで人生の全てをかけてきたものが、ある日突然無くなったら、代わりのものなんてそうそう簡単に見つかるわけがない。

 あたしは立ち止まり、うずくまったまま、前に進めない。


 父さんと母さんは地域の医師会の会合に出かけていて、そのとき、あたしはひとりだった。部屋を出て屋上に上がった。

 雨は降り続いていて、空は厚い雲におおわれ、どんよりとしていた。

 雨は優しい、誰にでも同じように降り注ぐ、そう言ったのは誰だっけ……。


 あたしは、両手を屋上の手すりにかけて、試しにエイっと身体を引き上げた。こうやってここから飛び降りるなんて、カンタンだと思った。人の生命なんて軽い……。今のあたしも空っぽで、きっと軽い。


「ノヴァ! ダメだ!!」

 あたしが手すりをまたごうとしたそのとき、エヴァが走ってきて、後ろから組みついた。その勢いで、あたしは下ろされた。

 帰ってきたら、あたしの姿が部屋になくて、心配で探したのだろう。今はもうどうでもよかった。

「うるさい! エヴァのお節介はもうたくさん」

 あたしはエヴァを足で蹴って振り払った。エヴァは倒れながら、とっさにつかんだのは、そんな時でもあたしの良い方の足だった。そして、そのまま離さない。


「離して。エヴァにはあたしの気持ちはわからない。これ以上かまわないで」

「わからないよ。僕はノヴァじゃないから。そこから飛び降りるつもりなら、本当にできるんだったらやってみろよ。……僕も一緒に飛び降りてやるから」

(一緒に飛び降りる? 何で? 何で、そんなことができるの?)

「ノヴァ、僕は嫌だ。君がいない世界は。それに、君はラディおじさんを哀しい気持ちにさせるつもりなの!?  また大切な人を失うという目にあわせるつもりなの!?」

(ああ……)

 あたしはずるずるとしゃがみ込んだ。


 そこへ、おじちゃまが屋上にたまった水を跳ね飛ばしながら駆けてきて、あたしを強く抱きしめた。

「ノヴァ。ダメだよ。これだけは……頼む」

 あたしは声を上げて泣いていた。


 エヴァはやっとあたしの足から手を離し、水溜まりができている屋上に、濡れるのもかまわず仰向けに寝転がった。


 ——優しい雨が降り続いていた。


 そのあと、びしょ濡れになったエヴァは熱を出し、寝込んだ。

 あたしが蹴った(それでも手加減したつもりだけど)肩に内出血ができていて、

「ごめん、エヴァ」

「いいよ、別に。謝るくらいなら、こんなことはやめて」

「うん。……嬉しかった。エヴァが一緒に飛び降りてくれるって言ったとき」

「僕も、ノヴァが戻ってきてくれて良かったよ。一緒に飛び降りなくて済んだ」

「バカ……。ありがと。おやすみ、エヴァ」

「うん、おやすみ」

 エヴァは目を閉じた。


 あたしの双子の弟、あたしの半身。

 父さん、母さん、ラディおじちゃま。

 あたしには大切な家族がいて、この人達を泣かせることはできないと、そう思った。


 

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