ノヴァの物語5

 今、あたしはおじちゃまを手伝って、一緒に子供達にサッカーを教えている。

 そして、もう少し上手く身体を使えばもっと上達するだろうし、怪我をすることも減るんじゃないかと思うようになった。

 これって、どうしたらいいんだろう? 自信を持って教えられるようになるには、ただの経験だけじゃなくて、きっともっと専門的知識が必要だよね。


 エヴァに相談すると、

「スポーツ医学を勉強すればいいんじゃないのかな」

「スポーツ医学? 今からはじめてもいいのかなぁ」

「何かをはじめるのに、遅すぎることなんてないでしょ。人それぞれだよ」

「偉そうに。最近、生意気なんだよね」

「ノヴァがこれからメディカルスクールに行くつもりなら、僕は先輩ですから。何でも聞いて」

「頼りにしてます」

 あたしは笑ってそう言った。

 あたしはミドルスクールしか卒業してないけれど、「ハイスクール卒業認定資格は絶対に取っておいた方がいい」とおじちゃまに強く言われて、チーム在籍中にも必死でがんばった。それがこうして、役に立つ日が来るとは思っていなかった。


 練習が終わって、子供達が帰っていったあと、あたしはベンチに座って、ひと休みしていた。


 夕陽がきれいだった。


 おじちゃまはあたしにドリンクを渡して、

「お疲れ。足の具合はどう? あまり無理するなよ」

「ありがと。大丈夫」

 隣に座ったおじちゃまに、

「ねぇ、おじちゃま」

「ん?」

 おじちゃまは首にかけたタオルで汗を拭いていた。

「あたし、スポーツ医学を勉強しようと思っているんだけど……」

 おじちゃまは、あたしが(おおっと!)と引くくらい、勢いよくあたしの方に向き直った。

「それ! とってもいいことだと思う」

「でも、まわり道だったかなぁと思って。遠回りしたよね」

「必要なまわり道もあるよ」

 おじちゃまの口調は優しかった。


「これからまだ何年もかかるのに、いいのかな。父さんにも、まだ楽はさせてあげられないことになるし」

「ノヴァ。ディープもきっと賛成してくれるよ。必要なら僕も協力するから、学費のこととかそういう心配はいらない」

 おじちゃまはあたしの頭に手をおいた。

「僕は待ってるよ。待つことは辛くない。それに僕がヨボヨボのおじいちゃんになったら、君が面倒見てくれる約束だろう?」

 あたしはおじちゃまの手を頭からどかして、

「はあ? 今、その話を蒸し返すの?」

 おじちゃまはただ笑って、あたしを見ていた。


(あ、でも、ちょっと待って。もしかして……? 思い違いかもしれないけれど)

 あたしは思いきって聞いた。

「おじちゃまはあたしのこと、好き?」

「うん」即答だった。

 あたしが知りたかったことはそうじゃなくて……。聞き方を間違えたのかと思って、もう一度聞き直した。

「あ、えーと、そうじゃなくて。あたしのことを本気で……愛してる、の?」

「うん」

(えっ!?)「本当に?」

 おじちゃまは真面目な顔をしていた。


「僕は君に嘘をつかないと約束した」

 あわてたのはあたしの方だ。だから、つい試すようなことを言ってしまった。

「じゃあ……。じゃあ、今、ここでキスして」

 おじちゃまは、今度は即答しなかった。一瞬だけ、目をつぶった。


 そして……。


 あたしの両頬にそっと手を添えて、顔を近づけてきたおじちゃまに、あたしは目をまんまるにして見開いたままで、

「ノヴァ。目を閉じてくれないかな?」

「あ、はい」

 おじちゃまはクスッと小さく笑って、優しくキスしてくれた。


 あたしはおじちゃまの手を握り、しばらく並んで座って夕陽を見ていた。

「ねぇ。さっき、一瞬、父さんに怒られるとか考えたでしょ?」

 あのとき、一瞬だけ、おじちゃまがためらったのがわかった。

「うん。これから複雑なことになりそうで、考えると頭が痛い。……でも、ノヴァ。君を離したくない」

 そう言って、あたしの肩をそっと抱きよせた。


 

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