エヴァの物語14

ノヴァが家を出たあとしばらくして、無事合格したエヴァもメディカルスクールの寮に入ることになった。

 エヴァをステーションまで送って、ラディが戻ってくると、リビングではディープがアルコールの入っているらしいグラスを手にしていた。


「お帰り」

「ただいま。珍しいな。君が家でひとりで呑んでいるなんて」

 ディープは肩をすくめて、イタズラを見つかった子供のような顔をした。普段、家で呑むこと、ひとりで呑むことなどほとんどない彼だった。ソファに座ったラディにもグラスを渡すと、飲み物を注ぐ。


「子供達、あっという間に手を離れて、巣立って行っちゃったね」

 そう言うラディに、

「……うん」

 ふたりで軽くグラスを合わせる。

「お疲れ」

「お疲れさま。ラディ、いろいろありがとう」

「どういたしまして。もしかして……淋しい?」

「うん。いや、18年なんて、無我夢中であっという間に過ぎてた。どちらかと言えば、ほっとしている方が大きいかな。こんな僕でも一応、親としての責任を果たせた気がする」

「子供達と過ごせる時間は思っているより短いよね。もっと一緒に過ごす時間を作っていたらと、悔やんでいるんじゃないの? 僕は親代わりができて、子育ては楽しかったけど」

 ディープは首をふった。メディカルセンターの勤務医だった頃はもちろん、クリニックを開業してからも、忙しい中、今までどうにかやってこれたのは……。


「ラディ、君がいなかったら、とても無理だったよ。ふたりとも素直に育ってくれた。ありがとう。エリンも感謝してるはず」

 彼には頼りっぱなしだった。ラディと一緒にエヴァを送ったあと、エリンはメグとお疲れ様会をすると言っていた。

「ふたりの子育てはひと段落したけど、ラディ、君はこれからどうするの?」

 ディープが尋ねると、ラディは肩をすくめて、

「少し前から、ヴァン所長がそろそろ引退させろとうるさいから、僕が後を引き継ぐしかないかなぁ。ひとつ所に腰を据えて責任ある立場になるなんて、今まで避けてたけれど、もう逃げられないな。笑えるよね。所長なんて柄じゃないのに。モーリスが見てて、笑ってるんじゃないかと思うよ」

「そんなことないだろう。18年という期間の経験と努力の積み重ねは、君を立派に大人の顔にしたと思う」

 ラディはフッと小さく笑った。

「そうだといいけど」


 そのあとすぐ、ディープはソファであっけなく眠ってしまい、ラディはひとりで呑むハメになった。

(おいおい……。あっさり寝てくれたな)

 毛布をかけながら、ラディは苦笑した。ラディはエリンに頼まれていたのだ。

「ディーは認めたがらないけど、本当は淋しいんだと思う。もし出来れば今日はあの人に付き合ってあげて」

 彼女には全てお見通しだった。


 ……部屋の中は静かだった。

(僕は部屋に帰ればいつもひとりで静かだけど、君はこれから慣れていかないと)

 家庭という責任も義務も持っていない自分は気楽だが、ディープは間違いなく幸せで、ラディはうらやましいと思えることもある。ディープには支えてくれる人、エリンが必要だと思った、だから……。


『僕は……。エリンに特別な気持ちを抱いたことはないよ。どちらかというと、同志というか戦友だね』


 そう言ったあのときの気持ちに嘘も悔いもないけれど。


 

 

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