第13話
◇
「……マジかよ。明日からもう戦うのかよ。あんな簡単に人が死ぬ場所で……」
簡易な夕食をいただいてから、テントに戻る。
戻るや否や、アルジャンは頭を抱えて呻いてしまった。
「落ち着けよ。魔法使いになったときからこうなるのはわかってただろ」
「いきなりこんなこと言われて落ち着いていられるか。そもそも、魔法使いとして生まれたのは俺が選んだわけじゃない! ……なんで魔法使いに生まれたからってこんなことに。他の生き方だってあっていいだろうが」
「そりゃ、魔法使いが戦うのが合理的だからな。一般兵は百人集まっても魔法使い一人には勝てない。魔法使いが戦場に出た方が効率がいい」
その結果、戦場には魔法使いしか残らなかった。
魔法使いでなければ戦場に立つことすら許されない。逆に言えば、魔法使いであれば戦場に立つ必要があるということだ。
「だからってよお、俺たちに全部押し付けて……。魔無しが羨ましい」
戦争は合理を求める。
魔法使いが戦争に参加するようになって、戦争のあり様は大きく変わった。一般兵では太刀打ちできない魔法使いという存在。一般兵の数は減っていって、勝敗の行方はどれだけの魔法使いを投入できるかに変わっていった。各国は魔法使いの育成に全力を注ぎ、それぞれの戦線を保っている。
魔法使いという超常の力を持つ存在がいる以上、戦場の主役が移りかわるのは当然でもあった。
「おまえは不安じゃないのかよ。……ああ、予備兵だから戦わないでいいのか?」
「俺の立場はおまえらと一緒だ。戦場にも出る」
「なんだよ。そもそも、なんで来たんだよ。予備兵だなんて、五階級の人間が指名されることがおかしいだろ。こんなところ、好き好んで来たいって思えるのか? 突然言われたんなら断れば良かっただろ」
「俺だって好きで来たわけじゃない」
「だったらなんで」
「戦争に出たいかどうかじゃない。もっと物事は巨視的に見ないとな」
イコリア戦線は序章だ。ここで死にゆく他の魔法使いには申し訳ないが、一人の化け物が羽化するための必要経費。
問題は、蛹から何になるのか。蛾になるか、蝶になるか。
ブランシュの言い方だと、悪い方に向かうらしい。その修正がかけられるのであれば、それに越したことはない。
「ねえ、シエル。ちょっといい?」
ちょうど件の人物がテントの入り口から顔を出した。
「なんだ?」
「ちょっとだけ、外に出ない?」
「わかった」
俺は立ち上がった。
「……そういうことかよ。心配なやつがいたからってことか」
アルジャンは口をへの字に曲げていたが、俺はそれには触れずにテントの外に出た。
周囲はすでに宵闇が覆っている。月の光が微弱な光を届けてくれていた。少し先の戦場からは音がしない。夜の間は流石に休戦となっているようだった。
ルージュについていって、人気のないところへ。
「どうした? 眠れないのか? さっさと寝ないと明日に差し支えるぞ」
「良かった。貴方は貴方のままなのね」
安堵の息が漏れる。
「普段の飄々とした貴方のまま。それが今はとっても頼もしいわ。他の候補生が震えているからなおさらにそう感じるわ」
「照れるぜ」
「そんな性格じゃないでしょう」
褒められた後に怒られる。
会話ってのは難しいね。
「貴方はここから逃げなさい」
ルージュは本題を切り出した。
「貴方は元々この戦場に呼ばれる予定はなかった。階級だって第五階級で、まだ卒業も先。私たちに付き合う必要はないわ。クレイ副長には私から言っておくから、明日の列車で学園に戻りなさい」
「ふむ。おまえは?」
「当然残るわ。魔法使いとしての素質を買われての抜擢だもの。ここで戦果を上げて、鳴り物入りで魔法使いになるわ。序列も上げて、戦場に私の名前を刻むの」
虚栄半分、期待半分。
震える拳は、誰よりも自分を鼓舞するために。
「私ならできる。貴方が私のことを心配してくれたのは嬉しいけれど、貴方は貴方の生き方をして。私なんかのためのその命を犠牲にしないで。ここで死ぬようなことはあってはならないわ」
ルージュは両手で俺の手を包んでくる。
暖かい手だった。
「ここまで一緒に来てくれて、嬉しかった。とっても。励みにもなったし、感謝してる。友達がこんなに暖かいなんて、貴方が友達になってくれたからわかったのよ。そんな友達想いの貴方に死んでほしくないの」
まだ他人の心配かい。
ルージュはこの戦場で生き残るだろう。彼女の魔法使いとしての技量は折り紙付き。だったらそれでもいい気もする。
ルージュは立派な魔法使いになる。
でも、きっと、その時。血塗れの中で佇む最強の魔法使いの中に、こうやって手汗塗れの手で他人を鼓舞できる少女はいなくなっているんだろう。
「おまえの手、汗塗れじゃないか」
「は、はあ? そんなこと今言う?」
「こんなに不安でいっぱいなやつを置いていけるかよ」
「……」
「ここで帰ったんじゃ、俺が来た意味がない。俺の意図を汲め。なんのために俺がわざわざついてきたと思ってるんだ」
人の人生にちょっかいを出すなんてあってはならない。個人に入れ込んではならない。個人の感情で動いてはいけない。
それは”軍務違反”だ。俺の”役割”に反している。
だからこれをもっと大きな話にしなければならない。
最強の魔法使いルージュ・コレールが、最高の結果を出すための序曲。
俺のためでもなく、彼女のためでもなく、王国のために。将来世界をよりよくする存在を育て上げる。未来の、まだ見ぬ誰かの明日のための行動なのだ。そうであれば、俺がここにいても良い理由になる。
それに、俺はただの不良生徒。
これでのこのこと学園に戻ってしまえば、どこに行ってたんだとそれなりに目立ってしまう。俺が戻るときは、英雄が凱旋して沸く中の――その端っこが望ましい。
「なんのために……って」
「おまえを落第させるためだ。まだおまえは卒業するような魔法使いにはなれていない」
こんな手汗塗れで戦場に向かうようなやつが、碌な生き方をするわけがない。
覚悟も決まっていない中戦場に出れば、あらゆるものがぐちゃぐちゃになってしまう。性格も倫理も目的も。自分のすべてがドロドロに溶けて、別の生き物になってしまう。
蛾でも蝶でもない、ナニカに。
「それって私のために……?」
「己惚れるなよ。おまえだけじゃない。ここにいる魔法使い候補生は、未来の戦力だ。王国が勝つためには必要な戦力資源なんだよ。こんなところで失われちゃ困るんだ」
自分で言葉にしていくことで、自分の在り方を知る。俺がここで何をするべきか、その形が明確になっていく。
自分のためでもなく、ルージュのためでもなく、その他候補生のためでもなく。
”王国のために”この子にちょっかいを出す。
俺の力を私利私欲のためでもなく、魔法使いを助けるためでもなく、王国の為に使う。
それなら、理由も弁も立つだろう。
「この戦場を終わらせるぞ。俺とおまえで面倒な敵を殺しきる。そうすればこのイコリアも持ち直すだろう。お役御免で学園に帰ろうじゃないか」
あとは――誰にも言うつもりはないけれど。
もう少しだけ、まだこいつと友達でいたいのかもしれなかった。
「できるの?」
「俺も少しだけ本気を出すよ」
「貴方にそんな力があるとは思えないけれど」
「見てろ。今までサボった成果ってのを見せてやる」
「それじゃ駄目じゃない」
ルージュは笑った。
心底楽しそうな笑い方だった。
「どうなってもしらないわよ」
目じりに涙を浮かべたルージュはいつものように呆れたように笑って、「わかったわ」と頷いた。
「そうよね。私たちはやれることをやるだけ。魔法使いらしく、魔法で相手を追い払う。魔法を見せつければいいだけ。簡単な話よね」
「その意気だ。できることをやるだけでいい」
「貴方が私を落第させるっていうのなら、――どうせ嘘だろうけど、きちんとしてね。私をちゃんと落第させて、学園に戻すこと。私は高得点ばっかりとってきたんだから、落第の仕方なんかわからないんだから」
「真面目ちゃんめ」
「不良君にはわからないでしょうね」
俺たちは笑いあって、拳を突き合わせた。
俺には過ぎたものだけど。
友達ってのはいいな、とそう思った。
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