第12話
◇
攻撃魔法と防御魔法とがぶつかり合うと、金属音のような高い音が発せられる。
それが候補生同士の訓練の話で、魔法の威力が高いものになっていくと、それがどんどんと低音になっていく。
腹の底が震えるような重低音が周囲に響き渡って、遠い視線の先、一人の男が両断されるのが見えた。
王国の魔法使いの一人だった。
血しぶきと臓器が宙を舞う。
「ぇ」
誰の呟きかはわからない。
けれどいきなり見せつけられた現実に、言葉はいらなかった。
真っ二つにされた魔法使いに他の魔法使いが駆けつけ、多人数の戦闘となる。敵国、自国、それぞれ一人ずつの頭蓋が魔法によって打ち抜かれた後、その場は互いに引くこととなった。
そんなやり取りを、半刻の間に複数回。すでに十の死体が戦場に赤黒い染みを作っていた。
「これが現在のイコリア戦線だ。我が王国の魔法使いたちは、日夜帝国の魔法使いと戦闘を繰り広げている」
魔法は射程が伸びれば伸びるだけ、威力が下がっていく。だから、相手を確実に殺すには近づいていくしかない。勿論、近づけば相手の魔法に害される可能性も上がる。
互いに死のぎりぎりの距離をとった両軍は、牽制のような魔法を繰り出し合う。それらが一息つき、あるいは痺れを切らしたころ、再び至近距離での戦闘が始まるのだろう。
俺たちのいる場所は、戦場を見下ろせる丘の上。人の形が視認できるくらいの場所であり、魔法で狙われたとしても極小の威力となるだろう。そんな安全地帯から、人がばったばったと死ぬ現場を見つめている。
距離は十分に離れていて、致死の魔法が届くことはない。しかし、こちらが視界に収められるということは、あちらも視界に収められるということで、気が気ではない。
「……魔法使いが、簡単に死ぬんですね」
候補生の一人が震えながら声を発した。
”魔法使い”が。
その言葉に出てくる魔法使いは、簡単に切り裂かれるような存在ではなかったはずだ。
クレイは口角を上げた。
「良い意見だね。魔法使いという存在は、防核という防御魔法を無意識に展開している。ナイフで刺されようが、結構な高さから落下しようが、まずは防核が受け止めてくれるから、大事に至ることはない。普段の生活では君たちは死から最も遠い生物だよ」
でも、と継いだ。
「人間は人間だ。当然、死なないわけじゃない。自分の防核の許容を越える衝撃を受ければ弾け飛ぶ。人より死ににくいから戦場で重宝されるけれど、人よりも壮絶な攻撃を身に受けて死んでいく。それが魔法使いというものだ」
誰も何も発さなかった。
今までの人生は、クレイの言う通り死から遠い存在だった。防核という鎧は大抵の出来事から身を守ってくれていて、怪我という怪我をしたことがないという候補生も多いだろう。
しかし、それも一般人と同じ生活をしていればの話。我々は魔法使いなのだ。互いの魔法で互いを喰らいあう。
わかっている。魔法使いとはそういうもの。親の話でも、講義でも、それらは口を酸っぱくして言われてきた。
でも、見るのと聞くのでは全く違う。
百聞は一見に如かずという言葉がある様に、千人が死んだというニュースを聞くよりも、目の前で一人の人が死ぬのを見た方が、何倍も衝撃的だ。
「朗報かはわからないけれど、ここは特殊な場所だよ。普通はこうも簡単に死んでいったりしない。部隊を組んで、立地を確認して、作戦を立てて、そりゃ死ぬときは部隊ごと死ぬけれど、もう少し息の長い戦いになる。魔法使いの戦いの決着は一瞬だけど、それまでの作戦の立案は綿密だ。
しかし、ここは平地だから、作戦に意味がない。互いに自慢の魔法を叩きつけあうだけの、原始的な舞台になってしまっている」
クレイは鼻を鳴らした。
確かに、平地の一点を境に魔法使いが向かい合う様は、見ていて頭を抱えたくなる。迂回して背後を狙おうとしたり、高度から狙い打ったり、色々とできそうではある。が、それらはいずれも相手に視認される危険性が高い。きっといくつか試された後で、結局一直線に地を駆けて相手を叩きのめした方が早いという結論に至ったのだろう。
「王国は勝ってるんですか?」と他の質問。
「このイコリアに限って答えると、はっきり言って戦況は思わしくない。というのも、相手に新戦力が加わったからだ。”切断魔法”を扱う魔法使いが急に生えてきて、これがまあ強い。君たちが聞いている戦線よりも押し込まれ、戦線はここまで来てしまった」
「え、ここはまだ最前線じゃないって……」
アルジャンの消え入りそうな言葉も、クレイは一刀両断。
「情報が古い。すでに一週間前にはここが最前線だよ」
「じゃあ、俺たちは騙されたのか……?」
「それも違う。騙されるという感覚こそが間違いだ。
君たちは魔法使いだろう? いついかなるときもその力を振るうとして、国税を投じられてまで訓練に明け暮れている。つまり、戦場の如何に関わらずその力を発揮する義務がある。ここがどんな場所でも、君たちは輝かないといけない」
候補生は誰も答えられなかった。
静寂があたりを包み込む中、クレイは俺のことを見遣った。
「シエル君。君の感想は?」
わざわざご指名であった。
「切断魔法というのは聞いたことがありませんが、相手の虎の子というわけですか?」
「どうだろう。あれが相手の最大戦力だと決めつけるのは早計だし、あんなのが何人もいると過大評価しても仕方がない。事実は彼一人に我々が手を焼いているという一点のみだ」
「この戦場にいる魔法使いは何名ですか?」
「両軍ともに二百人ちょっと。だから、全体で五百人いかないくらいかな。毎日のように死者は出ているけれど、他の戦線から追加があるから、常時そのくらいの戦闘員が詰めている」
「であれば、たった一人の魔法使いに手を焼くことがありますか? 人員を集中させて、まずはその厄介な魔法使いを殺すことに専念しては?」
「攻撃を集中すれば、どんな防核も破ることができる。それは教科書通りで間違いじゃない。しかし、これは実技であり、机上の空論とは違う。相手も考える人間なんだから、貴重な戦力をそう簡単に捨てるはずもない。守りを固められて、集まったこちらの魔法使いは随時一刀両断」
それもそうか。
大事にされている魔法使いを簡単に捨てるはずもない。他の魔法使いを盾にしてでも、守り抜くべきだろう。
魔法使いの命には貴賤がある。才能ある魔法使いは愚鈍な魔法使いをいくら犠牲にしてでも守り抜かないといけない。
俺たちはどっちの役割を期待されているんだろうか。
「このイコリア戦線は、あとどれくらい持ちますか?」
「このまま進んでいけば、もう三日も持たない。こっちにはこの状況を打破する優秀な魔法使いがいない。せいぜいが戦闘を間延びさせるような才能の無い者ばかり」
なるほど、読めてきた。
なんでこんなタイミングで学園から魔法使い候補生を召集したのか。
「だから今回、この状況を打破できる可能性を秘めた魔法使い候補生を呼んだんですか」
「うん。良い読みだ。君たちは訓練として集められたんじゃない。戦力として呼ばれたんだ」
再び困惑に震える候補生たち。
「お、俺たちにそんな力はないと思います。経験もないし……」とアルジャンの弁明。
「悲しいことに魔法使いは才能がすべてなんだよ。誰から何の魔法を受け継いだか、それが始まりで、すべてなんだ。有象無象の魔法使いを蹴散らす化け物は、生まれた時から化け物として存在している。ゆえに、戦闘経験の有無は一切関係がないんだよ」
「……」
「君たちはそんな”化け物の片鱗”を有する候補生だと聞いている。あの戦場に立って、憎き敵国の魔法使いを滅ぼしてくれたまえ」
八人の化け物候補は互いに青い顔を見合わせている。
訓練かと聞いてくれば、いきなり実戦。実戦訓練から訓練を差し引いた形。
しかも眼下では味方の魔法使いが殺され、死体がごろごろと転がっていく始末。自分がああならない保証は一切ない。
「序列上位の方たちが間に合えば、それでも良かったんだけどね」
王国の優秀な魔法使いに割り振られる”序列”。その冠を有する彼らは、一騎当千の力を有する。
「このイコリア戦線は逼迫しているように見えますが、それでも呼ぶのは難しいんですか?」
「戦場はここだけじゃない」
つまり、他にも逼迫している現場があるということ。あるもので何とかしろということ。
クレイも若い。もしかしたら繰り上がって将官に押し上げられたのかもしれない。その心情も察するに辛いものがあった。
「今日は実戦はなく、訓練としよう。まずはこの戦場に慣れてもらいたい。戦場の様子を観察することとする。明日からは君たちも戦場に出てもらうから、しっかり自分の行動をシミュレーションしておくように」
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