第11話



 ◇


 

 午前中に出発した列車は、日が頂点に上ったころには現場に到着することができた。


 俺たちを降ろした後、列車はそのまま進んでどこかに見えなくなってしまう。王国外周部を円環状に配置された線路であるから、沿線上の別の場所へと向かっていったのだろう。


 聞いていた通りの平野がお出迎え。敵も味方も一瞬で見つけられそうな丘陵地帯。駅舎も何もない場所で立ち尽くす一行。

 きょろきょろと周囲を見渡す俺たち候補生を出迎えてくれたのは、一人の青年だった。


「貴官らが援軍として派遣された魔法使い候補生だね?」


 髪を短く切り揃えた快活そうな青年であった。軍服の上にローブ。魔法使いらしく全身を覆い隠した彼は、にこやかに笑いながら近づいてきた。


「ようこそ、我がイコリア戦線へ。歓迎するよ、戦場を知らないひよっこたち。一、二、三……九人。うん、予定通りいるね……、いや、」


 青年の顔が曇る。


「九人いる!!」


 予定より一人多い人員。びっくりするのも当然。

 俺とルージュとアルジャン以外、俺という異分子の存在を知らない六人は、不安そうに顔を見合わせた。最終的に視線は俺に集まっていく。


 あれ、学園で集合したときにこんなやついたか? と誰もが目で語っていた。

 俺は悪びれもなく胸を張って答えた。


「私は補充要員です。今朝がた教官より通達をいただき、参上いたしました」

「そんなこと聞いてないぞ」「八人だけだと聞いてる」「そもそもおまえ、第六階級じゃないだろ」


 同じ候補生からは抗議の声が上がる。


「僕も聞いていないが……」


 他ならぬ軍属の魔法使いが困惑しているのを見て、俺への当たりも更にきつくなる。


 なんだおまえだの、そもそも何者なんだだの。

 それもそうだ。だけどそんな文句を聞いてもしょうがない。


 俺が真面目な顔で黙っていると、全員の声も弱まっていった。

 俺という不明瞭な存在。絶対におかしいと言い切れる人間も少ないだろう。そういうものなのか、と候補生は黙り込むしかない。


 大きな音がして、同時に俺の衣服の一部が裂けた。

 青年が俺に向けて二本指を立てていた。


「戦場で生き残る魔法使いとなるためには、防核の訓練は必須だ。最低限の防核がなければ戦場に立つ資格すらない」


 青年が俺に放った攻撃魔法は、音からしてそれなりの威力が込められていただろう。十分な防核を有していなければ、今頃身体に穴が開いて死んでいるくらいの。


 彼は俺を味方だとは見なしてくれていないようだ。

 そりゃ、勝手に紛れ込んだ異端児だ。俺が彼の立場でもそうしていただろう。


「君のような存在を寄越してきて、学園にどんな意図があるかは知らないけれど、身分も知れない男を中に入れ込むわけにはいかない。悪いけど、試させてもらったよ」

「合格ですか?」

「とりあえず、君が並の魔法使いでないことはわかった。彼は学園に実際にいるのかい?」


 問いかけは俺以外の候補生へ。俺を見たことのある候補生が小さく頷いていた。


「学園に在籍しているのか。それにしては嫌に肝が座っている。では、何か服務を帯びていると判断する。学園側から何か言伝は?」

「特に何も」

「もしや、こちらが試されているのかな?」


 青年の顔が引きつった。俺は平素の顔を晒している以上、どっちが優性か判断がつきづらくなっている。


 集団がざわつきを見せる。急に現れて周囲を混乱させるだけの俺という存在。皆の目が胡乱なものになっている。

 何とか立ち位置を確保できた。そうなれば、後は突き進むだけ。


「俺が何も言わないこと。これを汲んでいただきたい」

「いわくつきの品物だね。返品は利かないと?」

「これ以上の質問は受け付けません」

「……参ったな。僕じゃ判断できない」


 青年は眉を下げて空を仰ぎ見てから、


「どちらにせよ、今日の便はすでに行ってしまった。今日はここにいてもらうしかなさそうだ。上官に意見を仰ぐことにしよう。それまで君の行動は他の候補生以上に制限させてもらうよ」

「無茶を言っていることはわかっていますので、従いますよ」

「聞き分けがいいね。……まあ、言っていることが本当なら僕に異を唱えることもないか。ち。こんなことで悩んでいたくはないのに」


 青年は大きくため息をついてから、他の候補生に笑顔を向けた。


「ごめんね。話題は逸れたけど、イコリアにようこそ。君たちの振り分けは第二分隊になるから、これから案内するね。僕はクレイ。第二分隊の副長を任されているよ」


 候補生たちは各々が不平不満を顔に出していたが、誰も何も言わずにクレイの後をついていった。


 なんとかなってよかった。

 よくよく見ると、ルージュが俺以上に疲弊した表情で歩いていた。何かあれば何かしてくれるつもりだったのだろうか。


 後で謝っておこう。



 ◇



 第二分隊の駐屯地は野営地と言って遜色がなかった。

 住居や防護壁のようなものはなく、平たい大地に幕が敷かれ、数十のテントが設営されているだけ。いつでも撤収、移動できそうな仮設基地となっていた。


 複数の魔法使いが前線を見つめながら待機している。その緊迫感は相当なもので、背後を通り過ぎようとするだけで喉が乾いていった。


 クレイは俺たちを残して、一つのテントの中に入っていった。

 彼の上司が中にいるようで、候補生の到着を告げているのだろう。

 しばらくしてテントから出てくると、彼は告げた。


「上官に確認をとって、了承が降りた。シエル・ジェネル魔法使い候補第五階級生。君は九人目の魔法使い候補生として、他の候補生と同様、第二分隊に配属されることになる」


 クレイの言葉に、俺を除いた全員が驚愕の声を上げた。

 軍部の上官が判断した結果は、そのまま俺の言葉に真実味を持たせる。「本当に直前で増えたのか」と納得してくれる。


 同時に、何かあるのかという邪念も引き起こす。少し動きすぎたかもしれない。

 とりあえず何とかなったと安心していると、ルージュが近づいてきた。


「シエルって何者? どうして入れ込めたの?」

「努力の結果さ」

「何を努力したのよ。さっきも魔法を受けてもけろっとしていたし、何か他の候補生と違って、特別なの? だからサボってても怒られないの?」

「俺は何の特徴もない一般市民だよ。よくサボって説教喰らってるだろ」

「嘘よ。それならこんなことにはなっていないでしょう。貴方、どんな手を使ったの?」


 何重にも重ねた嘘の中の真実。

 人は生きているだけで秘密に囲われるものだ。

 そう簡単に伝えられるはずもない。


「企業秘密だ」

「なんでよ。友達なんだから教えてよ」

「友達だから教えられないこともある。軍規に抵触したいか?」


 なんだかんだ真面目な性格のルージュは口元を押さえた。


「……それならやめとくわ。そんなこと言えるなんて、貴方、本当に何なのよ」

「機会があれば教えるさ」


 その機会は来ないだろうけど。

 相手が魔法使いであればなおさら、俺は自分の正体を告げることはない。


 ――裏切者。


 列車の中でクレイの放った一言だが、それもあながち間違いじゃない。俺は魔法使いだが、魔法使いじゃない。同じ括りにされてはいけない、異端児なのだ。


「なんか悟ったような顔してるけど、じゃあ、学園に戻っても貴方が罰されることはないのね」

「ああ。正式に行軍しても良いって言われたところだしな」

「そう。それなら良かった」


 心底ほっとしたような顔を見せるルージュは、根っこの性格が良い子なんだろう。嘘をついている相手の心配までしてくれている。


 穿った見方をすれば、正直者が過ぎる。一つの思想に支配されてしまえば、突き進んでしまうという未来も見える。

 その行先を見守るだなんて俺は偉そうなことを言っているけど、俺の近くにいることで性格が歪んでしまうことが一番の懸念点だ。


 そんな話をしていると、クレイが寄ってきた。


「とりあえず、君のことは他の候補生と同じように扱えとのお達しだった」

「よろしくお願いします」

「だけど、どうだろうね。君は他の候補生と同じ扱いでいいのかな? 僕はさっき、君を消し炭にするつもりで魔法を打ったんだけど。それを涼しい顔で返されたんじゃ、少し寂しいよ。どうだい? 学園なんかさっさと卒業してしまって、戦場でその力を振るってみないかい? 推薦文なら書いてあげよう」

「特別待遇は必要ありません。私はあくまで候補生の一人ですので」

「そうかい。つれないね」


 クレイはにっこりと笑った。彼への誤解も解け、俺はようやく受け入れられた。


 俺たちをつれて歩き出し、向かう先は駐屯地の奥。テントの連なる場所の端っこ。

 クレイは俺たち魔法使い候補生九名に、陣地作成を命令した。

 物々しい言い方だが、要は寝床の作成である。仮説テントをいくつか立てて、それが俺たちの一時の安寧の場所となるらしい。


「ここの拠点の寝床、全部テントだったな。城とか建てねえのかな。仮設でもいいから、もっと良い陣地を作ればいいのに。ここはまだ戦火が及んでいないから、こんな簡易なテントなんかな」


 俺と同じテントを組み立てているアルジャンがぶつぶつと呟いている。

 魔法使いの戦場が、従来の一般兵のものと同じだと考えてはいけない。


「魔法使いの戦いは一般兵と比べて迅速に行われる。何日もかけて何千人を引き連れてにらめっこするなんてことはなく、威力の高い魔法を効率的に放てば終了する。勝つときも負けるときも一瞬だ。だから小屋や城なんかを作る意味も意義もない。その身一つで戦う俺たちは物資も貯蔵庫も必要ない。陣地なんてものは必要ないんだよ。だから、寝床もテントで十分ってことだ」

「うわあ……」


 青い顔になるアルジャン。

 講義で魔法使いの戦場については教えられているはずだが、彼も彼で授業中は寝ていた口か。


「講義で話していただろ。ほら、もっとそっちを張れ」


 俺とアルジャンで一つのテントを作り上げて、その中に入り込む。持ってきたナップザックを降ろすと、ようやく一息つけた。


「さっきの話、だったら戦争なんか一瞬で終わるんじゃないのか? こんなに何十年も続くこともないだろ」

「王都にも帝都にも遠い土地。イコリアもそうだけど、このあたりの戦場は全部、前哨戦に過ぎないんだよ」


 威力の高い魔法を放てば戦争は終了する。高威力の魔法を持つ魔法使いが一人いれば、戦況は大きく変わる。しかし、その魔法使いを失えば? また戦況は大きく変わっていく。

 人一人で変わるシーソーゲーム。

 だからこそ、奥の手は最後の最後までとっておきたい。こんな最前線で流れ弾が当たったんじゃ笑えもしない。


「最前線で戦っているのは、最強から漏れた魔法使いたちだ。彼らが前線を維持し、ここぞという時が訪れたら、奥の手である”序列持ち”が現れて、戦場を終結させる」

「ってことは、それが訪れるまでは……」

「押して引いての戦いだよ。押されたらテントを外して後退。押していてもテントを外して前進」

「……魔法使いは才能。腐るほど聞いた言葉だけど、ここまで突き刺さったのは、現場を見ちまったからかあ」


 アルジャンは背中を丸めた。


「そりゃ、魔法使いとして生まれた以上、しっかりと戦う気ではいるぜ。

 でも、前哨戦だなんて言われたらきついって。そこに放り込まれる俺たちも宝石じゃなくて石ころに見られてるってことだろ?」

「あるいは、金の卵――未来の最強を見定めるためなのかもな。ここが押されてるってのは確かだし、才能を探している段階とも見える」

「俺はそうはならない。なれない。くそ。やってられないな」

「じゃあ逃げるか?」


 俺が問いかけると、アルジャンは薄く笑った。


「それもいい」


 俺の心臓が音を立てる。次の言葉次第では、俺は――


「だけど、俺が逃げても何も変わらないだろ。俺が裏切り者だって処罰されるだけ。なんも得はない。国が裏切り者の魔法使いに厳しいってのは知ってるさ。まあ、この戦場にいても死ぬと決まったわけじゃない。なんとかあがいてみせるって」


 その言葉にほっとした。


 のもつかの間、クレイの集合の掛け声に俺たちもテントを飛び出した。

 九人が並んだのを見て、クレイは薄い笑みを浮かべる。


「寝床ができたね。それじゃあ、これから早速訓練に入ることにするよ」


 候補生たちは首を捻る。

 クレイは早々にその内容を明かした。


「そもそもこれは実地”訓練”だよ。君たちを育てることが目的なんだ。まずは、戦場を見ようか」

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