第10話



「だから、その内訳を話してよ。私よりも貴方の方が危ない立場にいると思うんだけど」

「そっちは大丈夫だよ。俺はサボってばかりの不良生徒。いようがいまいが変わりはないさ」

「そんなわけないでしょ。魔法使いが所属場所を抜け出すっていうのは大問題よ。もしも私が昇級できなくて学園に戻るようだったら、謝りに行くわよ。私も一緒に頭を下げてあげるから」

「急にお姉さんぶるなよ」

「い い わ ね」


 有無を言わせぬその言い方に、俺はそっぽを向きながら頷いた。


 列車は進んでいく。

 途中燃料補給や運送を挟みながら、四時間ほどの行程らしい。


 重苦しい話が終わると、ルージュの機嫌はいつも通りに戻っていた。外の景色を見て、私の村もあんな感じだった、とか、列車ってどう動いてるんだろう、と周囲の様子を窺ったり。

 一般人が魔法の原理をわからないように、携わっている専門家でないとその分野の説明はできない。俺だって列車の原理なんか知らない。よくもまあこんな鉄の塊を動かそうと思ったものだ。


 そんなこんなで道程も中盤。ルージュも列車の旅に飽きて落ち着きを見せ始めた時。


「な、なあ……」


 パーテーションの扉が開かれて、一人の少年が顔を見せた。冷や汗を流す、気弱そうな顔つきをしている。この列車の乗客は学園の魔法使い候補生しかいない。彼もそうだろう。


「す、少しだけ話さないか? 一人でいると気が狂いそうなんだ」


 その言葉の通り、真っ青な顔をしている。

 彼は俺たちの返事も待たずして中に入ってきて、俺の隣に座った。


「俺はアルジャンってもんだ。おまえらとは別クラスだが、同じ学園の魔法使い候補生だよ。これから一緒に行動するんだ。背中を預け合う者同士、仲良くやってこう」


 アルジャンは手を差し出してきた。

 俺はそれを一瞥だけして、「よろしく」


「……それだけ?」


 アルジャンは青い顔のまま、俺をじっと見つめる。差し出された手が空気を掴んでいた。

 対面でルージュがため息を吐いた。


「その男の名前はシエルよ。見てわかる通り、自他ともに認める朴念仁だからあまり気にしないことね。私はルージュ。同じ戦場に行くのだから、仲よくしましょう」

「……ああ、あんたが」

「なに?」

「いや、何でもない。よろしくな」


 ルージュとアルジャンとが握手を交わしたのを遠目から見つめる俺。


「シエル。貴方、私よりもよっぽどひどい性格してるわね。コミュニケーション能力の欠如というレベルじゃないわ。挨拶してくれたんだから挨拶しなさいよ」

「挨拶ならしただろ。よろしくって」

「……貴方がブロンと私しか友達がいない理由がよくわかるわね」


 呆れられる。

 俺は孤高の人間だから、群れることはしないのだ。


 アルジャンは反応の希薄な俺ではなく、ルージュの方に話し始めた。こう見ると、ルージュは俺よりも全然対人関係に長けている。


「そ、それよりも聞いてくれ。さっき列車の中を歩いていたら、滅茶苦茶怖いことがあったんだ」

「これから行く戦場のこと? みんな不安がってるし、別におかしいことはないけれど」

「いや、違うんだ。いや、それもなんだけど、それ以上のことがこの列車の中で起こったんだ。

 いいか。この車両には俺たち魔法使い候補生しか乗っていない。そして、俺たちが乗車する時、八人しかいないはずだったんだ。なのに、今廊下を歩いていたら、候補生が九人もいたんだ! これは、その、裏切者がいるパターンのやつってことか? この列車内で殺し合いでも起きるのか?」


 きょろきょろと周囲を警戒するアルジャン。

 それを聞いて、俺は面白そうだと思った。


「自分を入れて数えていたんじゃないのか? 目に見える人間で言えば八人。自分を入れて九人だ」

「え? ……ああ、そっか。自分を抜けば八人か。間違ってないな」

「落ち着きなさい。教官は貴方を入れて八人だって言ってたのよ」

「じゃあやっぱりおかしいじゃないか! この九人の中に敵国の人間が紛れ込んでいて、俺たちを順々に殺していくんだ。戦場につく前から戦いは始まってるってことじゃないか」


 アルジャンは頭を抱えてしまった。


「そうだな。怪しい奴を探しに行くか」

「ああ、そうだな。乗り込むときは八人だったんだから、最初に集まった時にいなかったやつがいるはずだ。そいつを見つければ……」


 アルジャンがパーテーションを飛び出していきそうになったので、俺はそのローブの端を掴んだ。


「列車に乗るときに誰がいたのかよく確認しておけよ。九人目は俺だよ」

「は? じゃあシエル、おまえが裏切者か」

「違う。俺は別枠で命令されてきたんだ。予備兵のような扱いだ。俺たちは最初から八人じゃなくて、九人いたんだよ」

「……おまえ、先に言えよ。こっちはただでさえ初の戦場でナーバスになってるんだからよ」


 アルジャンは席に戻ってきて、俺を睨みつけてきた。


「悪かった。面白そうだと思ってな」

「こいつ……」

「これがシエルよ。あんまり真に受けない方がいいわ」


 流石にルージュは慣れたものである。

 俺という社会不適合者をもって、彼女のまともさが受け彫りになる。


「でも、緊張はほぐれただろ?」

「……それはずるくないか?」


 顔も平素のものに戻ったアルジャンは、何とも言えない顔で頬をかいた。


「まあいいや。からかったのは許す。俺も少し落ち着きがかけていた。で、その予備兵ってのは何なんだ? どうして九人目が必要なんだ? そんなこと教官からは聞いてないぞ」

「それは……」ルージュが答えようとして、顔を真っ赤に染めた。「わ、私が心配で、その、来てくれたっていうか……」


 目を白黒させるアルジャン。

 余計な話になる前に、俺は口を開いた。


「俺の役割は後方支援だ。おまえらのうち誰かが欠ければ、その枠に入ることになる」

「欠ける、って」

「それが戦場だよ」


 それっぽいことを言っておく。脅し過ぎはパフォーマンスを下げる。王国のことを思えば、彼らの力が十全に発揮できるようにしないといけない。


「だが、俺が選ばれている以上、そんなことは起こりえないと思われている。サブについているのが万年サボリの五級階生だ。おまけのおまけって感じだろう」

「そ、そうか……」

「あと、背信行為があれば背後から打ち抜けとも言われている」


 そんな無責任な言葉を残して、俺は窓の外に視線を投げた。


「おい、嘘だよな?」

「嘘よ。こういうやつなの」


 当然、嘘である。

 でも、まるきり嘘というわけでもない。


 魔法使いは一般人からすれば化け物も同義。彼らと対峙する際には刃物を突き付けられているのも同じ。


 でもそれは、魔法使い同士だって同じこと。


 相手がその気なら、眼前の魔法使いを殺すことも難しくない。今だって、その気になれば、ルージュでもアルジャンでも、互いの防核を貫いて致命傷を与えることができる。

 さっきの話と少し被るが、人数が増えたことで取り乱したアルジャンの反応は間違いじゃない。魔法使いの部隊内に一人裏切者がいるだけで、その部隊は崩壊する可能性が高い。


 魔法を持っている者と持っていない者では、一人でできることに幅がありすぎる。たった一人の魔法使いは、戦況を一瞬で変えてしまう。


 つまり。

 魔法使いは正しく管理されないといけない。

 裏切者は背後から打ち抜かれないといけない。


 学園の生活の時から裏切者の尻尾はよく見える。俺は与えられた役割上、それをよく見ないといけないのだ。

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