第8話


 ◆



 ルージュ・コレールは王国南部の小さな村で生まれた。


 両親は魔法使い。戦闘力を有する者として、村の警備に従事していた。

 両親から魔法使いの血を受け継いで生まれたルージュは、生みの親を越える素養を有することになった。父から教えられた魔法の扱い方を即座に理解し、実現させることができた。


 天才だと、両親は喜んだ。

 しかし、その才は突飛なものでもあった。強すぎる力は彼女一人の力では抑えつけられず、徐々に彼女の意志に反して彼女の外に漏れ出すようになっていった。

 彼女の機嫌が損ねられれば周囲から熱が奪われ、逆に機嫌が良くなれば真夏日のような熱が発せられる。


 魔法を使えるか使えないか。特に一般人にとってそれは大きな差異であった。魔法使いという、ただでさえ人間の枠から離れた存在。それがいつ暴発するかもわからない危険性を孕んでいる。


 村の守護をしてくれているから好意的だった村人たちも、少しの切欠で村に被害を与えかねないルージュのことを忌避するようになっていった。子供同士の喧嘩が発端でも、大怪我や人死にの心配をしないといけなかった。魔法使いは危険だという認識をもって、彼女を扱うようになった。


 ルージュは泣いた。


 同年代の少年少女は遠巻きにするだけで近寄ってもくれない。

 彼らからすれば、ルージュの魔法は脅迫のようにも見えていた。これ以上私の機嫌を損ねるな、と。しかし幼いルージュは”魔法を使えない”者の気持ちはわからなかった。魔法使いを恐れる彼の心境を理解できているとは言い難かった。


 自分の一挙手一投足で、自分も周りの人間も不幸になっていく。大丈夫だと言い切っても、自分から溢れる魔法は押さえきれなくて。


『――別にそれでもいいもん』


 気丈に鼻を鳴らして、両親との魔法の研鑽に打ち込んだ。

 才能があるというのなら、どこまででも伸ばしてやろうと思った。

 だから、魔法学園から入学の連絡が来た時は、心の底から嬉しかった。


 村人たちが全員魔無しだったからいけないのだ。魔法を使えもしない人間たちの中にいるから、自分は虐げられるのだと思っていた。魔法使いの中にいれば、これはただの没個性になりうるはず。


 しかし、ルージュのそんな希望は打ち砕かれる。

 彼女の立場は魔法学園でも同じだった。魔法使い候補生たちは全員、自分の魔法を制御できていた。それが普通で、制御できないことの理由を誰もわかっていなかった。魔法が漏れ出る存在は魔法使いとして劣っていると指さされた。


 そしてルージュの魔法の強大さ。それもまた異端とされた。ダントツの威力を誇った魔法を見て、多くが顔を逸らしていた。


 感情が揺れるとそれがすぐ魔法として発せられ、その威力は比肩するものはない。歩く爆弾と称されたルージュは、魔法使いの仲であっても迫害され、遠巻きにされることが多々あった。


 自分は何もしていないのに、ただ”そういうもの”とされるだけで、周りから人がいなくなっていく。魔法使いかどうかは関係がないのだ。


 段々と腹が立ってきて。なんで自分ばかりこんな風に言われるんだという思いもあって。

 訓練ではルージュは最も威力の高い魔法を出せた。誰よりも自分が優秀だという自負も生まれた。強い自分が正しい。魔法使いとして優秀な自分が正義だ。嫌がらせの類も実力に対するやっかみだと思って彼らを遠ざけた。


 ”自分から”遠ざけた。

 別に一人にされたんじゃない。一人になったんだ。

 能力で劣るやつらに合わせる必要なんかない。友達なんか、いらない。


 始業式。

 久々の登校に起きる時間を間違えた。起こしてくれる友達なんかいなかったから、寮には誰も残っちゃいなかった。


 それが寂しくて。一人取り残されてしまったことを自覚して。逃げるように寮を飛び出した。


 慌てて外に出ると、同じように遅刻しそうな候補生がいた。

 しかし二人とも焦っている様子もない。むしろ、楽しそうに笑いながら歩いている。


 それが無性に腹が立って、不誠実のように思えて、つっかかるようにしてその脇を抜けていった。


 自分が正しい。魔法使いとして真っすぐ進んでいる自分が正しい。だからあいつらは間違いだ。


 でも、本当は羨ましかった。

 サボっても問題ないと思える自分の居場所と、それを笑い合える友人。彼らは大衆に取り残されたわけじゃなく、本当の意味で”自分から離れた”のだ。


 どこにいたって隣にいる友人。

 魔法使いとして生まれて生きて、一番欲しいものだった。どんなに強い魔法よりも、欲しかった。きっとこんなことを思っている魔法使いは自分だけだろうけど。


 だから、彼が近づいてきたとき、夢かと思った。

 自分もその中に入っていいんだ、と疑った。


 彼らは自分の魔法が漏れ出てしまっても、茶化してくるくらいで遠ざけようとはしなかった。本当に気にしていないから気軽にふざけてくるんだと思った。こんな人もいるんだと思った。


 初めて対等な人間が現れたんだと、これが友達かと柄にもなく思ってしまった。

 本当はもう少しだけ、一緒にいたかったけど、それは叶わない。何故なら自分たちは魔法使いだから。戦場で戦うために訓練を続けて、生きてきているのだから。


 ルージュはその日、前線へと向かう列車に乗り込んだ。

 一緒に列車に乗り込んだ他の候補生たちとは会話もしない。いつものように遠ざけられているのもあっただろうし、そもそも緊張している人が半分、意気揚々としている人が半分。話すつもりもなかったけれど、言葉を発したら互いに不安しか出てこなさそうで、声をかけることもできなかった。


 列車のパーテーションを覗いていって、一人で座れそうな場所を探して――

 それが目に入った。


「なんでいるの?


 

 ◇



……シエル」

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