第6話



 ◇



 それからは俺とブロン、ルージュの三人で過ごすことが多くなっていった。


 ルージュは真面目な性格だったが、別に曲がらないというわけではなかった。曲がり方がわからなかったというだけで、真っすぐ生きたいというわけでもなかったらしい。正義漢はそれが正しいと信じていたからというだけで、友情という別の正義があればそっちに靡いていく。

 簡単に言うと、訓練を俺たちと一緒にサボるようになった。


「あ、貴方たち、良く平気な顔していられるわね」


 俺たちが訓練を抜けると、一緒になってついてくる。周囲を警戒しながら、不安に押しつぶされそうになりながら。

 青い顔をするならやめておけばいいのに。


 あれから何度も一緒に訓練を抜け出しているのに、いまだに慣れないようだった。きょろきょろと周りに視線を投げながら恐る恐るついてくる。


「あっはっは。そんなにビビるならついてくんなよ」


 ブロンが大笑いすると、ルージュは眉を顰めた。


「違うわ。私はサボってるんじゃなくて、貴方たちが悪さしないように見張ってるのよ」


 言葉だけは気丈である。


「深淵を見据える時、深淵もまた貴方を見据えている」

「なにそれ」

「悪さをする者と一緒にいると、一緒に悪さをしていることになる。おまえも立派に不良生徒だ」


 俺がルージュの額を押すと、むっとした顔が返ってくる。


「誰のせいよ」

「自分のせい以外ないだろ。自分の行動は自分でしか決められない。俺たちについてくることを選んだのはおまえ自身だ」


 もっともらしいことを言うと、「確かにそうね」なんて返ってくる。ここまで素直な反応をされると、それはそれで不安にもなる。俺たちの存在が悪影響になってやしないか。今更か。


「まあいいわ。訓練は息がつまるし。息抜きって考えればいいのよ」

「そのいきだ」

「で? あんたたちはいっつもサボって何してるの?」

「何も」


 山奥に建てられた学園。当然、周囲には木々以外何もない。娯楽は食事や新聞くらい。そんな場所ですることなんてない。

 ブロンは俺とは別のようで、口笛を吹きながら、


「俺はサボって女の子引っかけることもあるけど。もしくは休日の前乗りで王都まで行くとか。それくらいしか楽しみなんかないだろ」

「ブロンには聞いてない」

「うっせえなあ。俺もおまえにゃ言ってねえ」


 二人のやり取りを見て思うけれど、返す返すブロンとルージュがうまくいく未来が見えない。いや、この気の置けないやり取りが仲の良い証拠だと言えばそうなんだが、悪友という言葉がしっくりと来る。


 ブランシュの言う未来では、ブロンは本当にルージュに手を出していたのだろうか。

 というか、俺とルージュが友人になったのはいいが、ブロンとも友人になってしまって、ブランシュ的にはこれでいいんだろうか。かえってブロンとルージュが近づいてしまった気がするが。


 文句を言いに来ない以上、このままでいいんだろう。便りがないのは良い印。最近顔も見せないし、このままだらりと生きていこう。


「最近、ルージュの特異体質も出てこないな」

「感情に大きな揺らぎが出ると発動しちゃうの。最近は安定しているからなんじゃない?」

「不良行為が改善の一手だったとはな」


 思わず笑ってしまった。


「そういうわけじゃないと思うけど」

「息の詰まる生活をしていたから、ストレスみたいなもんだったんじゃねえの」


 悠々自適なブロンが言うとなかなかに効果がある。

 真面目一辺倒は良くないってことか。それが不良を肯定することにはならないけれど、不良行為も否定されるばかりではないということだな。


 俺たちは森の中、日の差し込む広間までやってくると、そこに横たわった。


「なにしてるの?」

「見てわかるだろ。寝てるんだ」

「なんで?」

「時間つぶし」


 やることがないんだから、寝るしかないだろう。


「それとも、ブロンの言う通り女遊びでもしてみるか? ちょうど女と男がいるわけだし」


 言うと、ルージュの顔が赤く染まった。


「馬鹿じゃないの。あんまり近づかないでよね」

「冗談だよ。俺はブロンじゃない」

「俺だって誰でもいいわけじゃねえんだよ。友情と愛情はわきまえてるっての」

「嘘つけ」

「嘘だな」


 二人してくつくつと笑う。


「貴方たちねえ」


 ルージュは呆れながらも、どこか楽しそうだった。

 くだらなくてどうでもいい時間だった。



 ◇



 教室が一気に冷えこんだ。

 何かと思えば、ルージュが教官から一枚の紙を受け取っていた。


「ルージュ・コレール。貴官に実習訓練を命ずる。この任務を無事に終えれば、第七階級へと昇級することとする」


 震える彼女の背中から感じる不安は、誰でも察することができた。彼女の体質で周囲からは熱は奪われて、教室内は冷え切ってしんと静まり返る。


 実習訓練。

 それは読んで字のごとく、実務に即した訓練。戦場のせの字も届かないこの学園から一転、戦場にくり出すということだ。実戦での経験が少ない候補生が、卒業も待たずにいきなり最前線に出るわけではないだろうが、危険性がないわけじゃない。


 これは二つの意味を有する。


 ルージュ・コレールが実戦で戦力になると評される”第七階級”を得ようとしている。候補生としての一つの到達点、この学園で魔法の扱い方を学ぶ俺たちの目標であり、望むべきことだ。学園を卒業し晴れて魔法使いとして戦場で戦うことができる。


 もう一つ。基本的に階級が上がる機会というのは、年度が変わる時だ。一年を通して成長が認められれば階級が上がり、戦場へと足を進める。こんな中途半端なタイミングでこの話が出るということは、戦場で補充要員を必要とする何かがあったのだろう。


 俺たちは魔法使いを目指してこの学園で訓練しているのだから、飛び級で魔法使いになれるのであればそれは望むべきこと。が、不安がないわけじゃない。


 魔法使いは今や戦争の道具。

 そんな魔法使いが顔を合わせる場所はどこだって戦場となり、互いに命のやり取りをすることになる。戦争の真っただ中で戦う魔法使いはしのぎを削り合い、生きて帰れる保証もない。死者となる可能性の方が高いのが現実だ。


 教室の前方でルージュと教官は会話を続けているが、発する声は小さくてここまで声は届いてこない。教官が頷いたり拒否したり、そういった部分だけが見える。


「ルージュは元々第六階級だったのかね?」


 ブロンに聞かれ、俺は首を横に振った。


「知らない。誰がどこの階級にいるかとか興味もないし、真面目に訓練を受けてないから他の人の話を聞いてもいない」


 実際は小耳に挟むくらいはしているけど。

 ブランシュの話を聞いてから少し調べたが、ルージュはそれなりに名の知れた魔法使いだった。訓練の参考記録ではあるが、学園の歴史の中で”最高火力”を出したと一時期話題に挙がっていたらしい。どんな防核も貫く焔の魔法を有しているとのこと。


 まあこの話をしたところでしょうがない。俺たちには関係のないことなのだから。


「右に同じ。俺も知らねえ。まあ、この時期の異動だ。選抜の意味合いもあるし、それなりにやれる女だったんだろう。祝ってやろうぜ」

「そうだな。なんだかんだ仲良くしていたし」

「寂しくなるな」


 別にこれは悪いことではない。


 公式に魔法使いになれば軍属となって給金が発生するし、長期の勤務を経れば国に貢献した功績という事で、王都でそれなりのポストに就くことができる。そもそも魔法使いとして生まれた以上、国に貢献するのは義務であり、常識でもある。


 ハイリスクハイリターン。

 そんなこと、魔法使い候補生になったときからわかっていたことだ。この未来を得るために、今まで訓練を続けてきたのだから。直前になって日和ってしまうなんて、そんなのは恥ずかしい。


 ルージュが指令書とともに戻ってくる。顔色は悪く、周囲も冷え込むレベルだ。


「寒い。さっさと気分を上げろ」


 俺の言葉に、ルージュは唇を噛んだ。


「少しは勇気づけてよ。こっちは急に言われて不安しかないんだから」

「俺にそんな温情を期待するな。自分の覚悟だけの話だろうが。俺たちは魔法使いになるべく訓練を繰り返している。その成果が出たんだから、喜んでしかるべきだろ」

「……それはそうだけど」


 俺はルージュの手元から指令書をひったくった。そこに書いてある文言を勝手に盗み見る。


 ルージュ・コレール魔法学園所属魔法使い候補第六階級生。

 実習訓練として、イコリア南東部第二基地への出向を命じる。


「イコリア……」


 最前線だな。


 学園の講義の中では常に戦闘状況についての授業がなされている。

 先日教えられた内容では、実際の最前線はイコリアという土地よりも先だという講義内容になっていたが、それは誤り。戦線は逼迫していて、近辺の王国の魔法使いは後退を進めていると聞いている。イコリアがまだ戦場ではないという情報は、新兵である候補生が安心するように捻じ曲げられた情報となっている。


 最前線にひよっこの配置。

 戦闘状況は思った以上に逼迫しているのかもしれなかった。


「イコリアのこと、何か知ってるの? 講義では最前線の二つ後ろくらいで、前線ではあるんだけどそこまで危険は及んでいないって聞いたけど」

「まあ、そうだな。俺も詳しくは知らないけど、まだ戦火に巻き込まれたわけじゃないとは思う」


 俺が気を遣うくらいには危ない場所だ。


「意外に物知りなのね。講義なんかほとんど寝てるかサボってるのに」

「必要な情報はきちんと頭に入れているさ」


 情報は一か所から受け取ったのでは不十分。多方面から情報を集め、それらが集約する一点こそが、唯一間違いのない情報になる。


 なんて、そんなのは今はどうでもいい。

 事実として、ルージュは危険地帯に放り込まれつつあるのだ。


「最近俺たちとつるんでたから目をつけられたんじゃねえの?」


 戦地の事情を知らないブロンはにやにやと笑っている。


「それはないでしょ。そんな私情で一人一人配置していたら軍は崩壊するわ」

「だろうな。ま、楽しんで来い。このまま魔法使いになれれば、もう俺たちとつるむこともないだろうぜ」

「そうね。一度卒業してしまえば、この訓練場に戻ってくることはほとんどない。あんたたちともここまでね」


 少しだけ寂しそうな横顔。


「他にも学園から出向を命じられたやつはいるのか?」

「他のクラスも合わせて、八人ほど。みんな第六階級の人だって」

「出発は?」

「明後日の朝」


 早いな。準備もままならないと思うんだが。


「だから、今日はこれで終わり。明後日のための準備を整えて、私は発つわ」


 ルージュは不安と期待とが入り混じった顔を向けてきた。

 俺とはっきり目が合う。


「シエルには感謝してるわ。ここ最近、ありがとね。あんたたちと一緒にいれて、それなりに楽しかったわ」

「それは良かった」

「もう会わないかもしれなから言うけど、私、実は友達がいなかったの」

「知ってるけど」

「茶々入れないでよ。知ってても言わないで。


 私、ずっと友達がいなくって。地元でも同じで、魔法使いとしての素質はあったけど、だからこそ人と上手くできなかった。皆、強力な魔法が使えるのに魔法を制御できなかった私が嫌だったみたい。性格もめんどくさいしね。

 少し前、新学期の始めに、貴方たちに突っかかったでしょう? あんなことしちゃうのが本当の私。あれも少し羨ましかったというか、サボっているのに楽しそうにしてる貴方たちが妬ましかったっていうか……。貴方たちを悪いことにして、自分を正当化していたの。

 だから、その、貴方が友達になろうって言ってくれて、嬉しかった。楽しそうにしてる中に入れてくれて嬉しかった」


 手を差し出された。


「多分、私たちが会うのはこれが最後になると思う。私はこの実習訓練を経て魔法使いになる。この学園に戻ってくることはないでしょう。会えるとしたら、戦場ね。貴方たちが来るときまで生き残ってみせるわ」


 成功して結果を出せれば、晴れて魔法使いの仲間入り。

 失敗したらしたで、戻ってくるのは動かない身体。

 どっちにしろ、ルージュが生きてここに戻ってくることはない。


「どうしたの?」


 一向に手を差し出さない俺を見て、首を傾げるルージュ。


 どうしたんだろうな。俺は他人に興味のない、日和見な人間だ。そんな人間は心無い笑顔で送り出して当然。


 そもそも俺にできることはない。何を躊躇うこともないのだ。

 俺はため息を吐いて、その手を握った。


「そうだな。国のために身を粉にして戦ってくれ」

「うん。戦場で待ってるから」

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