第5話
「何よ、話って」
翌日、俺はルージュを呼び出した。本人は存外簡単についてきた。
訓練の合間の休憩中、訓練場の裏に誘いだす。
不満気な顔のルージュと、不満気な顔の俺。不満同士が顔を合わせていた。
今ここに、誰も乗り気ではない邂逅が起こっていた。
ブランシュのお願い事を聞いたといっても、正直俺にやる気はなかった。御礼として提示された未来のことだって、どこまで知っていてどこまで教えてくれるかもわからない。未知の報酬に目がくらんだのは確かだが、そもそも報酬そのものの形もわからない有様。
報酬も不明瞭で目的も不鮮明。そんなものを前にして、俺にできることはほとんどないと言えよう。わざわざルージュに声をかけた後で、後悔の念が押し寄せてくる状態だった。
しかし、呼んでしまったからには事を済まさないといけない。さっさと済ませよう。
「俺と友達になってくれ」
この一言が俺のできる最低限のことだった。
ブロンとルージュとをくっつけないこと。そのために彼女の友達になること。どこまで効力のあることかもわからないままに言葉を放った。
これでルージュが反目すれば、俺のやるべきことは終了。ルージュが五月蠅いから友達なんかになれません、これでブランシュへの言い訳となるだろう。
「え!? ええ?」
ルージュは目を白黒とさせていた。
そりゃそうだ。俺と彼女とは真面目と不真面目とで対立しあう仲。訓練も真面目に取り組み、不真面目に文句を言う彼女は、俺のような不良生徒を一番嫌いしているだろう。
「なんで? 友達ってあの友達?」
「他に何があるんだよ」
「貴方は私のこと、嫌いでしょうに」
「嫌い? なんでだ?」
「だって、この前言い争っちゃったし……。皆みたいに、私のこと面倒だって思ってるでしょう?」
「確かに喧嘩みたいにはなったけれど、別にあんたのことを嫌いとまでは言わないよ。俺たちに非があったことも間違いない。ぶつかってきたあんたにも、急いでいたって言い分はあるだろうし」
「それじゃ、好きなの? 友達になりたいってのはそういうこと?」
「まさか。俺は一つのことでいちいち騒ぎ立てるような五月蠅い人間は好きじゃない」
「友達になりたいって言って好きじゃないって何よ。貴方の発言の裏には何があるの?」
少し冷えてきた。屋外だからだろうか。
いや、冷気はルージュから漂っている。少し肌寒いくらいの冷気がルージュから放たれて、俺の周囲を取り囲んでいるのだ。見える感情は不安。不安がそのまま体外に溢れ出ているようだった。
そういう体質なのだろうか。
まあどっちでもいいんだけど。
俺は怠慢と共に、
「あんたを知りたいっていうのが一番の理由かな。あんたのことが好きなのか、嫌いなのか、それを見定めたい」
自分で言っていてよくわからない文言だ。
好意的だから友達になるんじゃないのか。わからないから友達になってはっきりさせてくれ、というのはよくわからないロジックだ。
まあそれもこれも、断られることが織り込み済みの発言。意味わからないと言って、背を向けて去ってくれ。
と思っていたんだが、
「意味のわからない理屈ね。
……まあ、別にいいけど」
許可されてしまった。
ほんのり春の陽気が周囲を包み込む。
赤く染まった頬は元より、ころころと切り替わる温度が彼女の心境を如実に表していた。
「いいんだ」
「いいわよ。友達なんか増えようが減ろうがどっちでもいいし。どっちでもいいんならいても構わないしいなくなったって大したことないし貴方が何を考えていようがたかが友達って話だしこっちに問題は起こりえないしそもそもあんたの不良行為を私が近くにいて管理してあげればいいだけだしそれなら教官も好意的になるだろうし」
早口である。
ひとしきりばあーっと話した後、ちらりとこちらを見てきた。
「だから、よろしくね。せいぜい私のことを知るといいわ」
「ええ、まあ、おう」
今度は逆に俺が困惑して、その間にルージュは走り去ってしまった。
訓練が再開したようで、訓練場からは魔法の放たれる音が聞こえだした。
俺もルージュの後を追って訓練に戻るべき。しかし俺はやる気になれず、そのまま訓練場裏の地面の上で寝そべった。
「やりましたね!」
どこから現れたのか、ブランシュ。
木々の間から顔を出して、にっこり笑顔。
「あのルージュと友達になれるなんて、流石シエルさんです!」
「どのルージュだよ。滅茶苦茶簡単じゃないか。お願いすれば誰でもいいみたいな口ぶりだったぞ。俺じゃなくても簡単に友達になれた」
「甘いですね。シエルさんの誠実さが伝わったからこそ、友達になれたんです」
「俺のどこが誠実だよ」
別の目的のために友情を売ろうとして、今もなお訓練をサボっているような落第生なんだぞ。
俺は人差し指と中指を立てて、ブランシュに向けた。そのまま指先から最低火力で魔法を放つ。
魔法使いなら誰でも扱える攻撃魔法――魔弾。エネルギーの凝縮した光の束は、人の身体を容易に貫通する密度を有している。一筋の光線はブランシュの身体に当たって、金属音を立てた後にあらぬ方向に弾かれた。
「ひゃっ。なんですか?」
「いや、おまえも魔法使いなんだよな、っていう確認」
俺の光線はブランシュの”防核”に弾かれた。
こちらも魔法使いにとっては基本の魔法。自らを魔法、衝撃、その他から守る、無意識下で常時展開する防御魔法。視認することは難しいが、全身を膜のようなものが覆っている。
これら攻撃魔法と防御魔法の二つが、魔法使いである名刺のようなものである。
つまりは、ブランシュも魔法使い。そこまでは確認できた。
「おまえも魔法使いだっていうんなら、こそこそ侵入なんかしてないで、自分で行動すればいいじゃないか。おまえも学園に入れよ。そうすれば俺なんかを経由せずに全部おまえの望むようにできるぞ」
「え、それは……」
「駄目なら金輪際おまえのお願い事は聞かない」
「それはずるいです……」
俺はブランシュの腕を引っ張って歩き出した。
ブロンの娘だと言うのなら王国民。どう証明すればいいかはわからないが、時魔法の存在を仄めかせば王国民だとは理解できるだろう。魔法使いとして戦力になってくれるのではないだろうか。望みがあるなら俺ではなく自分でやるべきだ。彼女の目的も本心も、俺にはわからないのだから。
しかし、腕はそれ以上動くことはなかった。絶対に動かないという強い意志の下、彼女はそこに立ち尽くす。
「でも、やっぱり駄目です」
「なんでだよ。こうやってわざわざ俺を経由することの方が面倒だろうが。そもそもブロンに直接言えばいいことだし」
「嫌なんです」
「じゃあ、理由だ。理由を聞かせてくれ。おまえは秘密が多すぎる」
「シエルさんは納得しないと動いてくれませんもんね。では、これだけは伝えておきます。私は学園には入学しません。具体的に言うと、ここには会いたくない人が多すぎるんです。あの男も、ルージュ・コレールもその一人」
ブランシュは大きく息を吐いて、言葉を継いだ。
「彼らを目の前にすれば私はきっと彼らを――
殺してしまうでしょう」
◇
なんだかよくわからない流れに巻き込まれている気がする。
経験上、これは良くない。
流れというものの制御は難しい。潮の満ち引きをどうにもできないように、一人の人間でどうこうできることではない。しかし、その中で自分のいる場所なり自分の進む方向なりをわかっていないといけないのも事実。
「それっぽいこと言ってはみたが、相変わらず意味はわからないんだけどな」
「まったくだぜ」
俺のつぶやきに追随するブロンという男。
彼もまた、何かに悩んでいるらしく、食堂の一席、俺の前でため息をついていた。食事の手も止まってしまっている。
俺も悩める子羊だが、だからといって他の子羊の面倒を見れないというわけでもない。
「どうした相棒。悩みなら聞くぜ」
「そうか聞いてくれるか。何故か知らないが、いつもは俺たち二人きりの昼食に、一人変なやつ混ざっているんだ」
ブロンの見つめる先、同じテーブルの一席には赤い髪の少女が鎮座している。
俺とブロンに見つめられていることを知り、食事の手を止めるルージュ。
「何よ」
「何よじゃねえ。なんでおまえがここにいるんだ。なんで俺たちと一緒に飯を喰ってんだ」
「いいじゃない別に」
「まあ、俺のことが好きなんだろうけどな。美しさってのは最も恐ろしい魔法でもある。俺も罪な男だぜ。だけど、昼間っから追いかけ回されたって、俺を捕まえることはできないぜ。夜に出直してきな。部屋のカギは開けておいてやる」
「俺の部屋でもあるんだからやめろ」
「今はどうでもいいだろ、そんなこと」
「シエルと友達になったのよ」
ブロンの言葉をまるっきり無視して、ルージュは俺と視線を合わせてきた。そこまで真っすぐに見つめられたんでは、もう引くことはできない。せめて視線は逸らさないでおいた。
「だってよ」
ブロンはブロンで袖にされたことも気にせずに俺にジト目を向ける。
今度は俺に視線が集まってしまった。さて、何と言って納得させようか。
「一人で寂しそうだったから誘ったんだ」
「はあ? 別に私は一人じゃないんだけど。寂しくもないんだけど。勘違いしないでよ」
怒らせてしまった。このまま怒らせて離縁するのもいいか。……ってのは流石に倫理に反するか。俺だって一応、人間として最低限の義理も持ち合わせている。誘っておきながら帰れってのは流石にね。
「悪かった。俺たちが寂しかったから誘ったんだ」
「はあ? なんで? おまえ寂しかったのか? 俺と二人で楽しくやってただろうがよ」
今度はブロンが眉を上げた。
俺たちはいつでも二人で一つだった。そこに不満があるような発言で、彼視点では自分が貶されたと考えたんだろう。
言葉って難しい。人間関係って面倒くさい。
「いいだろ、別になんでも」
「なによそれ」
ルージュはため息をついたが、席を離れようとはしなかった。
「おまえ、そういうとこあるよな」
ブロンもブロンでこういった俺の適当な行動には慣れている。無理矢理自分を納得させて、食事に戻っていた。
ブランシュという少女の願い。
それに順じただけなのだが、やはり他人の思惑に乗っているだけでは、何の意味もない。俺の意志が介在しないといけない。自分で漕ぎだしてこそ、人生という大海原を乗りこなせるというものなのだ。
未来を知るブランシュからすれば、ルージュを取り巻く状況に何かあるのだろう。ルージュとブロンとがくっつくと何かが起こるというのか。そもそもルージュを殺したくなるという話も不可解だ。
まずは疑問を一つずつ晴らしていこう。
「ルージュ、おまえ、人に恨まれるようなことした?」
「え? どういうこと?」
「おまえと会うと殺したくなるってやつがいる」
ルージュの顔が真っ青になった。
「なにそれこわい」
「そこまで神妙に考える必要もない、と思う。俺も話を聞いただけで理由とかはよくわかってないんだ。恨まれるような生活をしてるのか一応聞いておこうと思って」
ブランシュの口が割れないなら、関係者から情報を募る。
ルージュとブランシュがすでに出会っていて、因縁を有している可能性もある。
「……ない、と思う」
「歯切れが悪いな。心当たりはあるのか?」
「それは……」
周囲が冷えてくる。
ブロンはぶるりと身体を震わせた。
「なんだ? 急に寒くなったぞ」
「前もあったな、こういうの。ルージュのせいか?」
水を向けると、ルージュは俯きながら頷いた。
「特異体質なの。感情によって魔法をまき散らしちゃう」
魔法使いは多種多様な魔法を扱うが、ほとんど自分の任意に動かせる。自分の意志とは関係なく発現してしまう魔法があるなんて、魔法使いとしては異質であり、異端であった。
「それが原因で一人ぼっちが多いのか」
「……少しはオブラートに包めよ」ブロンが呆れていた。
「この体質のせいで色々と問題も起こしてきて、だから、敵意をもらうのもわかる気がする。でも、殺したくなるくらい恨まれてるなんて知らなかった」
ルージュは悲痛な様子だった。
こうなると申し訳なさもある。自分の知的好奇心を満たすために傷つけるようなことを言ってしまった。
彼女は重く受け止めてしまったが、別に今のルージュに問題があるとも限らない。ブランシュの過去とは俺たちの未来。ルージュのこれからが問題になるのかもしれないのだから。
「まあ、気にするな。飯食えよ」
「おまえさあ。自分で話し始めておきながら……。そんな話された後で食えるわけないだろ」ブロンが再度呆れている。
「私は、そんな体質だから魔法使いからもそうじゃない人からも気味悪がられちゃって。それにその……性格もこんなでよくないから、あんまり人付き合いもうまくなくて。全然人が近くに寄ってきてくれないから、一人でいることが多くて。だから、貴方に友達になってくれって言われて、その、嬉しかったっていうか」
ぐさり。
鋭利な刃物が俺の胸を引き裂いた、ような気がした。純粋は、邪悪にとっては最も鋭利な武器でもある。
俺の本心とかけ離れた行動は、一人の純粋な少女の思いを踏みにじる。俺はそれを踏みにじったまま歩いていけるような、鋼の心臓は持ち合わせていなかった。
「まあ、なんだ。俺も可愛い子とは知り合いになりたかったというか」
罪悪感と共に吐き出した言葉に、ルージュの顔が赤くなった。
「可愛い? 私のこと?」
「え、まあ、なんだ、うん」
「そ、そう……」
なんとなく気まずくなる食事の席。
「ええー、なにこれ」
ブロンの呆けた声がいやに響いた。
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