第4話
「昨日お伝えできなかったお願いというのは、他でもありません。父の女癖をどうにかしてほしいんです」
真摯な目。ふざけている様子は一切なく、悲痛な思いを感じられた。
俺も真剣には真剣で答えてやりたい。
が、
「それは鳥に飛ぶなと言い、魚に泳ぐなと言い、人間に歩くなというようなものだ」
「その心は」
「それをそれ足らしめるアイデンティティを奪うということだ」
ブロンは相当な女好きである。可愛い子であれば、どんな子でも声をかける。
訓練が休みの日は片道二時間かけて王都の方まで上っていって、一般人の子に声をかけて夜を過ごし、朝一に帰ってくるというバイタリティを有している。点呼の際の俺が代返することも多く、ブロンの声真似も相当上手くなった。
女好き。それは彼の個性。なくなれば、それはブロンではない。
しかし、ブランシュは譲らない。
「でも、シエルさんもわかるでしょう? あの男は周りに迷惑をかけるくらいに女の子が好きで、それは今の時代から未来に至るまで、何も変わってないんです。あの男の女癖が悪いから、未来で私は苦労しているんです」
「そう言われても」
「別にあれを男好きにしろとか、去勢しろと言っているわけではないんです。とりあえず、魔法使い候補生に手を出すのはやめていただきたいんです」
ここまで必死に訴えかけてくるとは、未来で何があったのだろうか。
そこらへんを聞くのはやめておこう。聞きすぎると当事者になってしまう。ブランシュのしたいことが俺のやるべきことに置き換わってしまう。
俺に利がない以上、手をつけるべきじゃない。
「いやだ。俺に利点がないし、あいつは一応友人だ。互いに趣味嗜好には不可侵を貫いているし、余計なことはしたくない」
「そこを何とかお願いします。あの男は女好きの性格のせいでこの先苦労するんです。私もそれで苦労してるんです。誰も幸せになれないんです。お友達だというのなら、手を貸してください」
本気の訴えだった。
確かに、ブロンに待ち受ける未来はどちらかというと恐ろしい方向に進むだろう。好き勝手する権利は、尻を拭く義務と同義なのだ。
「なんで俺に言うんだよ。直接本人のケツを叩けばいいじゃないか」
「いえ、あれは駄目です。何を言っても無駄です」
一言でばっさり。
娘にこんな風に言われてしまえば、それもまた贖罪の一つなのかもしれなかった。
「あの人は生粋のクズです。私が何を言っても無駄なんです。
しかし、あの人もシエルさんは頼れる男だと言っていましたから、貴方の言う事なら聞いてくれます。私もシエルさんであれば上手くやってくださると思います」
拳を握って笑顔。
めんどくさがりの極致にいる俺は、当然そんなことしたくはない。厄介事は背負わないに越したことはない。これまでもこれからもブロンの好き勝手には口を出すことも手を出すこともない。そういう取り決めだ。
しかし、眼前の少女はそういったところに関係がない。ブロンに直接言ったところで変わらないのはその通りだし、彼をどうにかできるのも俺くらい。
「俺にしかできないってのはわかった。おまえが俺に話を持ってきた理由も、まあ、わかった。次は俺がやるべき理由だ。俺がそれに協力して何か利点があるのか」
「未来のことを教えてあげます」
息を飲んだ。
ブランシュはまっすぐに俺を見据えてくる。
「私は未来から来ました。一旦は信じてくれたってことでいいんですよね? つまり、貴方たちが知りえないこの先に訪れる出来事を私は知っています。当然、貴方の未来も知っています。さっき言った通り、起こりうる未来を知れば、それを回避する選択肢も生まれます。嫌な未来を回避することができる権利、いかがでしょうか」
それは願ってもない申し出だ。
転びそうな場所を教えてもらえるだけで、人生はより有意義なものになる。
ブランシュが本当に未来から来て、未来の出来事を知っているのであれば、だが。俺はまだすべてを信じたというわけじゃない。否定の材料がないだけで、肯定の材料が足りないのもその通りである。
まあしかし、日和見な俺の人生。転ばぬ先の杖に越したことはない。
ブロンではなくブランシュのため。そうであれば、少しだけ溜飲が下がるし。
「わかった。できるとこまでなら」
「やったあ! ありがとうございます、シエルさん」
感極まって俺に抱き着いてくるブランシュ。
それを引きはがそうとするも、力強く抱きしめられていてうまく剥がせない。
「おい、離れろ」
「……もう少しだけ」
「あのな、未来で何があって俺に頼ってきたのか知らないが、今の俺とおまえには何の関係もないんだよ。いくら嬉しくったって、初対面の相手に抱き着かれる気持ちにもなってくれ。
それに、何をすればいいか具体的な内容は聞いてないし、おまえの正体だってはっきりしてない。まだ俺はしっかりと頷いたわけじゃないんだからな」
「わかってます」
言いながら、離れようとしない。
「おい――」
「ごめんなさい。ついつい嬉しくて」
ブランシュは俺から離れると、背を向けた。背中を向けたまま人差し指が立って、
「お願いしたいのは、魔法使い候補生と父との恋愛模様を邪魔することです。差し当たっては、ルージュ・コレールになりますかね」
「はあ? あいつとブロンがどうにかなるのかよ」
確かに俺とルージュとが喧嘩した時、ブロンは手を出す素振りを見せていた。
しかし、俺と同じくらい彼女からの評価は悪く、邪険にされていたことは確認できている。うまくいくとは思えなかったけれど、俺をダシにうまいことやれるのだろうか。
「未来には無限の可能性があるということです」
「……男女の関係ってのはわからないから何も言えないけどな。で、具体的に俺にどうしろって?」
ブランシュは振り返った。
太陽の下の湖面のようにきらきらと輝く瞳でもって、俺を見つめる。
「逆に貴方がルージュと良い雰囲気になればいいんです。あの男は貴方のことを評価していました。唯一の、大切な男友達だと。そんな人を裏切るような真似はしません。だから、貴方がルージュを狙えば身を引くはずです。シエルの好きな女なら、と」
「……」
めんどくさい。
ブロンは俺の中にある恋心の存在を伝えた瞬間に、笑顔で茶化してきそうだ。そんな話したことないんだから。
だが確かに、彼は俺の邪魔をしようとはしないだろう。俺と仲たがいするしてまでルージュのことを落とそうと考えているとも思えないし。
「じゃあブロンに一言伝えればいいんだな。俺はルージュのことが好きだって」
「それじゃ信じてもらえるかわかりません。きちんと行動に起こさないといけませんよ。ルージュと話して、いい雰囲気になって、彼女を変えてあげるくらい接してあげないと」
どこまで面倒を見させる気だ。ルージュをどうこうするのは今回の趣旨に反しているだろう。
「それ以上は規約違反だ。俺は最低限のことしかしない」
「では、ルージュと友達になってください。それだけでいいです」
「友達って……」
「お願いします」
深々と頭を下げられ、俺は後頭部をかいた。
「最低限だ。いつでも俺は引く。やれるところまでだからな」
「シエルさんならそう言ってくれると思いました」
ブランシュは心底嬉しそうな笑顔を作るのだった。
◇
「何よ、話って」
翌日、俺はルージュを呼び出した。本人は存外簡単についてきた。
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