俺はテーマパークじゃねえんだわ

 いやなんとかならねえかもしんない。


「……何事?」


 城と併設されている聖堂には、ずらっと長蛇の列ができていた。

 さながら某テーマパークのアトラクションのようだ。いや男しかいないから即売会か?

 それを呆然と眺める俺に、カインが申し訳なさそうに声をかけた。


「すまない、ハルト。どうやら聖女のことが噂になったらしく、呪いを解いてほしいと人が押しかけているんだ」

「噂回るの早くない?」

「こうならないように、必要最小限の人数で召還を決行したんだが……。呪いを解いた彼女が、口を滑らせてしまったかな」

「いや、口を滑らせるも何も。性別が戻ってたら、そりゃ周りに聞かれるだろ。あの子責めるなよ」


 慌ててフォローした俺に、カインは数回目を瞬かせると、何故か嬉しそうに笑った。なんだよ。


「もちろん。いずれは公表するつもりだったし、それが少し早まっただけだ」

「ならいいけど……」


 何やらむず痒い気持ちで、俺はもごもごと返事をした。

 

「ただ、本来ならある程度準備を整えてから受け入れる予定だったんだが……収拾がつかないので、今日のところは整理券を配っている」

「整理券」


 本当にアトラクション扱いされている。

 しかしそれで行儀良く列になっているのか、納得。暴動などが起こっていないことからして、ルールは守る国民性のようだ。良かった。


「しかしせっかく来てもらったし、既に聖女のことが知れ渡っている以上、隠しておくことでもない。人が集まっている今日の内にお披露目をして、何人かは実際に解呪をしてみせてほしいのだが」

「急だな!?」


 昨日の今日でもう仕事か。

 いやでも、そうだよな。俺はそのために呼ばれたんだ。のんびり準備や学習が必要な業務ってわけでもない。

 着の身着のまま呼ばれたから、引っ越しの片付けとかもないし。すぐに仕事でも困ることはないか。

 ただ一つ気になるのは。


「聖女が男ってのは……知ってんのかな」

「それは……知らないかもしれないな」


 苦虫を嚙み潰したような顔になってしまうのは許してほしい。

 それ絶対がっかりされるやつ。

 聖女って言ったら、なんかこう、きらきらした神々しくて淑やかで清楚な感じの美少女を想像するだろう。

 こんなどこにでもいるモブ顔の男が聖女って。ブーイングされたらどうしよう。


「だがハルトには確かに聖女としての力がある。大丈夫だ、胸を張れ」


 力強い笑顔で励ましてもらったが、イケメンの笑顔完璧すぎて俺消し飛びそう。

 お前の眩しさで横にいるのも気づかれないんじゃね?

 そんな俺を無視して、カインはずんずんと聖堂の正面入口の方へ歩いていく。ついてこいってことだよな、これ。

 溜息を吐きながら、俺はカインの後ろを渋々ついていった。


 整理券を配布しているのは、聖堂の正面入口、階段の下だった。

 カインは迷いなく階段を登り、大きな扉の前に立つ。

 そして当然のように俺を隣に立たせた。


「皆、聴いてくれ!」


 よく通る凛とした声につられ、民衆が段上を見る。

 その視線に全く臆することなく、慣れたようにカインはスピーチを続けた。


「既に承知のこととは思うが、昨日、このマデルベ王国に聖女が来てくれた。魔王から受けた忌まわしき呪いについて、聖女は快く協力を申し出てくれた。実際に呪いが解けることも、私がこの目で確認している。これは大きな進歩と言えるだろう」


 カインの言葉に、集まった民衆がざわつく。それは歓喜の声だった。

 王子のお墨付きとあれば、その能力に疑うところはないということだろう。どうやらカインは人望があるようだ。

 きりりとした顔つきは、人の上に立つ者の顔だった。一人称も変えていたし、公私の切り替えはしっかりできる方なのだろう。

 仕事ができる奴なんだなぁ、と俺は少しだけ距離をとって、しみじみと聞いていた。

 と思ったら、カインがぐいと俺の腕を引いた。


「そして彼が、その聖女。ハルトだ!」


 しん、と沈黙が落ちた。


(ほーーーらなーー!)


 俺は内心悲鳴を上げていた。そりゃそうだろう。聖女、って紹介したのに男が出てくるんだもんな。

 しかもきらっきらしたカインの横で霞みそうなほどの存在感。

 今更だけど、せめて格好くらいそれっぽいやつにしてもらえば良かった。

 用意してもらったやつだから安物じゃないだろうが、集まった民衆の服装を見ても、一般市民よりはちょっと上くらいのデザインだ。

 どうすんだこの空気、と思っていると。

 ぱちぱちと、どこからか拍手が聞こえた。

 そちらに視線を向けると。


(アーサー!)


 階段の下、列からは離れた場所にいるアーサーが、全力で拍手をしていた。それから、肘で隣にいるアルベールを小突く。

 アルベールは気まずそうにしながらも、申し訳程度に拍手を始めた。


(二人とも……!)


 俺は胸がじんとして、涙が浮かんできた。このアウェイな空気感で、身内からの励ましはありがたい。

 民衆は始めこそ戸惑った様子を見せたものの、二人が拍手する姿を見て、ぱらぱらと拍手を重ねていった。

 嫌々という感じはしない、とりあえず受け入れてもらえたと思っていいだろう。盛大に安堵の息を吐いた。


「今日のところは、整理番号一番から十番の者まで受付しようと思う。それ以降の者は、明日以降に改めて日時を指定する。申し訳ないが、暫く辛抱してくれ」


 カインの言葉に、民衆が口々に礼を言う。

 これまで対処法のなかった呪いが、ついに解ける目途が立ったのだ。この日をどれほど待ち望んだか。

 既に整理券を受け取った者も、その場を離れる様子はなかった。聖女の奇跡を、その目で確かめたいのだろう。

 責任重大だ、と緊張しながら、俺は聖堂の中へと移動した。



 

「十人で良かったのか?」


 聖堂の中、列を整理していた部下に指示を出し終えたカインにそう尋ねる。

 処置するのが俺一人とはいえ、休憩を挟みながらならもう少しいけそうな気もするが。

 

「今日は初日だからな。呪いを解くことでハルトに何があるかわからないし、少人数で様子を見た方がいいだろう」

「それもそうか」


 昨日は特に何事もなかったが、呪いを解いたのなんて初めてだ。あまり初回から飛ばし過ぎない方がいいだろう。


「アーサーとアルベールがいてくれるのも、初日だから?」


 二人を見上げると、アルベールがかちゃりと眼鏡を押し上げて答えた。

 

「そうですね。何が起こるかわかりませんから、魔法が使える者がいた方がいいでしょう」


 なるほど。俺を召喚したのもアルベールっぽいし、能力的な部分は多分アルベールが一番詳しいんだろう。


「オレは護衛! 今まで呪いを解ける奴なんていなかったからな。こうして大々的に解呪を始めるとなると、魔王が何かしてくるかもしれない」

「ひえっ、そうかそんな可能性が」

「大丈夫だって! そのためにオレがいるんだから。任せとけ!」


 にっと笑ったアーサーは大層頼もしかった。確実に陽の者だ。眩しい。


「一番の人、れますよー」


 ラウルが扉からひょいと顔を覗かせた。それに黙って頷く。

 さて、聖女のお仕事開始である。

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