まさかのポンコツ

 聖堂の大きな扉が開かれ、一人の男が入ってきた。緊張した面持ちで、真っすぐ通路を歩いてくる。


「あ……あの、聖女様。私はカレンと申します。この度は、呪いを解いていただけるということで、本当に……本当に、ありがとうございます」


 深く頭を下げたカレンさんに、俺は慌てて手を振った。


「や、そんな緊張しないでください。たまたま、俺ができるってだけで。そんな大層な人間じゃないんで」

「そのようなことは」

「とにかく、まずは呪いを解いてからで。ね」


 安心させるようにできるだけ優しく微笑みかけて、カレンさんを椅子に座らせる。

 目を閉じてもらって、昨日と同じように額を合わせた。


(出て行け)


 昨日と同じように、念じる。強く、強く。

 やがて静電気が走って、俺は額を離した。

 目を開けば、そこにはカレンの名に相応しい女の子。

 ああ、解呪のためとわかってはいるけど、やっぱりこの距離はどきっとするな。

 邪な気持ちが顔に出てませんように、と俺は意識して表情を引きしめる。


「解けましたよ」


 俺の言葉に、彼女は震える声を漏らして、わっと泣き出した。

 うーん心が痛む。魔王め。こんなに女の子たちを泣かせるなんて。会ったことないけど殴ってやりたい。

 何度も何度もお礼を言うカレンさんに手を振って、彼女が出て行ったのを確認すると、俺は脱力した。


「なんとかなった……」


 正直安心した。昨日のがまぐれでなくて良かった。

 二回続けて成功したのなら、俺の能力は間違いなくあるのだろう。


「ほら、だれている時間はありませんよ。次の方がお待ちです」

「手厳しいなぁ」


 アルベールの活に、俺は姿勢を正した。

 そして二人、三人と続けて解呪の儀を行っていく。

 異変を感じたのは、四人目。


「い、って」

「ハルト?」

「や、なんでもない」


 小さく零した声をカインに拾われて、俺はごまかすように笑った。

 なんだこれ。なんか、頭痛い。

 もしかして解呪って、際限なくできることではないんだろうか。

 いやそりゃ集中力要るし、続けてたら疲れるかもなーとは思ったけど。

 ただの疲れとは、これ、ちょっと違うような。


「五人目入りまーす」


 呑気な声に、俺は表情を引きしめた。

 十人でいいのか、なんて言っといて、五人程度でへばっている場合じゃない。

 あの長蛇の列を見ただろう。あれだけの人が、解呪を待っているのだ。


「よろしくお願いします」

「こちらこそ」


 四人目までと同じく、硬い表情の五人目に向けて、俺は意識して微笑んだ。

 大丈夫、いけるいける。

 集中して、四人目までと同じように解呪を行う。


(出て行け)


 念じると、頭痛が増す。ガンガンと内側から金槌で叩かれているようだった。

 痛すぎて吐き気がする。目を閉じているのに眩暈がする。

 ダメだ。集中。集中!


(出て行け!)


 ばちりと、静電気が走る。

 目の前に女性の姿が見えて、成功したことにほっとした。


「ありがとうございます、ありがとうございます……!」

「うん、良かった」


 息切れしそうなのを堪えて、笑顔を貼りつけたまま返答する。


「……ハルト?」


 側にいるカインが、眉をひそめて俺を見た。待ってくれ、まだダメだ。

 何度も何度も頭を下げながら、五人目の女性が扉から出て行った。

 大きく重い扉が、ゆっくりと閉じていく。隙間から外が見える。まだダメだ。早く閉じろ。

 早く、早く。


 扉の閉じる音と、俺が倒れる音は、同時だった。


「ハルト!!」


 遠ざかる意識の中。切羽詰まったように俺を呼ぶ声だけが、耳に残った。


 □■□


「……知らない天井だ」


 ってこともないか。朝見たしな。

 そんなことを考えられるくらいには余裕があった。どうやら俺は、城内にある自室で寝かされていたようだ。

 今何時だろうか、と身を起こすと、くらりと目が回った。

 そのまま前のめりに倒れそうになった俺の肩を、誰かが支える。


「大丈夫ですか」

「……ラウル」


 いつの間に。それとも、ずっと付き添っていたのだろうか。


「気分は?」

「まだ……吐き気する……」

「水飲めます?」

「飲む……」


 ラウルに支えられながら、少しずつ水を飲む。

 喉を通る冷たさに、少しだけ気分がすっきりした。


「まだ休んでてください。オレはカイン殿下たちに、目が覚めたことを伝えてきますんで」


 俺をベッドに寝かせて出て行こうとしたラウルの服を、思わず引っ張った。


「……ハルト様?」


 ラウルが目を丸くしている。

 仕事の邪魔をして悪いとは思いつつ、俺は手を放せなかった。

 

「ちょっと……言うの待ってくれ」


 目が覚めたことを伝えたら、すぐに会いに来てしまうかもしれない。

 今俺は、平常心でカインと向き合える気がしなかった。

 弱々しい俺の言葉に、ラウルはベッドに腰掛けると、柔らかい声で尋ねた。


「どうしました?」

「……俺が倒れたあと、残ってた人たちってどうなった?」

「残りの人には帰ってもらいましたよ。また改めてお呼びするという約束をして」

「そうか……そうだよな」


 うあー、と言葉にならない声を上げて、俺は両腕で覆うように顔を隠した。


「俺だっせえー……」


 自惚れていたわけではないけど。あのくらいのことなら、できる気がしていたんだ。

 それがどうだ。たった五人。たった五人で、このザマだ。

 本物の聖女なら。もっとちゃんと、できたんじゃないだろうか。

 俺だったから。俺が余計なことをしたから。

 あの子を助けるつもりで、俺は、この国の人たちから救いを奪ったのかもしれない。

 

 異世界転移なんだろ。特別な力なんだろ。俺にも、チートをくれよ。

 たくさんの人を救える、チートを。


 泣きたくないのに、目頭が熱くなってきた。

 さすがに泣いたら気づくだろう、歯を食いしばると、くしゃりと優しい力で頭を撫でられた。


「ダサくなんかありませんよ」


 宥めるように、手が動く。

 顔を覆っているから見えないけど、優しい顔をしているんだろう、と思った。


「そもそもあんたに、この国の呪いを解く義務なんてないんです。こっちが勝手に呼んだだけなんだから」

「そりゃ、そうだけど。やるって言ったのは俺だし」

「そうですよ。そう言ってくれただけで、あんたは十分かっこいいんですよ」


 息を呑んだ俺に、小さく笑った声が聞こえた。

 くっそ、脇キャラ属性のくせに。かっこいいのはお前だ。


「兄ちゃん……」

「誰が兄ちゃんか」


 軽くデコピンされて、俺も笑った。

 早々に情けないところ見られちまったけど、ラウルなら、まぁいっか。

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