第20話 鉱山の英雄

「よくお集まりいただいた、親愛なる我が国民よ。いや、この場は聖女としてでしたわね。これはいけませんわ」


 お約束の口上こうじょうなのだろう観衆から楽しそうな笑い声も聞こえる。『アリシアさま素敵』とか『こっち向いてぇ』なんて言っている。聞いていたとおり実際に王女としても聖女としても国民からの人気が高いことが良くわかる。


「三ヶ月前、魔王討伐へと旅立った勇者一行は残念ながら……」


 えっ、三ヶ月前って。それ三日前なんですけど。周りから落胆らくたんのため息も聞こえるが、それ以上でもそれ以下でも無い。この報告にも慣れてしまっているのだろうか。みな魔王の脅威きょういをそれほど感じてはいないのか。


「……ですが、女神レティシアは仰ります。再び勇者が私たち人類の中から現れ、何度も何度も立ち上がるであろうと。そのひたむきで折れることなき正義の心を、あの強大な力を持つ魔王ですら恐れるのだと。だからご安心ください。私たちはあきらめません、いつかあの魔王を倒す日が来るに違いないと。だから皆さんも信じてください私とともに」


 アリシア様の演説が終わると広場は大歓声に包まれた。熱狂する民衆。


 そうだシファさんから聞いていたが、彼女が隣でアリシア様への魅了の魔法を行使していたはず。そんなことをしなくても民の心はつかみそうなものであるのだけど。



「ふあーっ、疲れたぜ! 俺は寝るぞー」


「アンナも広場に見に行っていたの。でもダグラスは、いつも通り突っ立っていただけだったのにゃ」


「だ、だって仕方ねえだろ、俺が話すことなんてねえし。あ、あれだ。イケメンな剣聖様に会いたいとかさ、一目見たいって言うご婦人たちをたくさん集めるのに役にたってるだろうが」


「そんな話を街なかで聞いたことなんてないの。勘違いもはなはだしくてあわれに思えてくるのにゃ」


「ううっ、もういい寝る」


 ダグラスさんは肩を落として自室に引きこももってしまった。


「アンナもダグラスをいじめ過ぎじゃないの? ああ見えて繊細かもしれないわよ」


「それは無いのですにゃ」


「そうだな私もアンナに同意する。ああ、私は研究の続きがあるから急用以外は放っておいてくれ。夕食は扉の外にでも置いておいてくれ。じゃあ、ヒロト。ツムト様を借りる」


 そう言って白衣をまとったシファさんは地下に造られた研究室へツムトと一緒に行ってしまった。アンナさんはメイド口調からくるのだろうけど、シファさんの呼びは謎である。


「さてと、ヒロト君にちゃんとお話ししないといけないんだったわね」


 リビングとして使っている広い部屋のソファに腰掛けるアリシア様。アンナさんがその正面に座る俺にもお茶を出してくれる。


「ええ、あの勇者たちのこと。女神レティシアそして存在しない魔王のこと。アリシア様がお話できる範囲でいいですから。俺は従者として何も知らないのもどうかと思いますので」


「ふうっ。そうよね」


 そう言うと彼女の細い指がティーカップを持ち上げる。俺も紅茶に口をつける。その香りが鼻孔びこうをくすぐる。アリシア様はもう一度『ふうっ』と息を吐く。


「先にヒロト君に謝っておくわね。ごめんなさい、私は立派な聖女様でも民のことを思いやる立派な王女様なんかじゃありません。自分のことしか考えていない自分勝手な女です」


「え、えっと……」


 なんと言って良いか分からず戸惑う。


「聖女であることも王女であることも事実だから、ヒロト君に教えられないこともあるけど……」


 アリシア様は傍らに控えるアンナさんの顔を見る。


「アンナは今から置き物なの。とっても愛らしい猫の置き物。だから何も聞こえないのにゃ」


「この前も言ったと思うんだけど魔王はいないの。私の知る限りこの大陸にはだけどもね。その辺のことはシファが詳しいわ。この国で行われる『勇者召喚の儀』と『魔王討伐』。これは対外的な意味合いがあるの」


 置き物のはずのアンナさんがテーブルの上に地図を広げる。


「ありがとう。大陸の北部に位置するここがこの国、ミズガルド王国ね。魔王領と呼ばれるさらに北の人の住まない一帯。ここと大きく領土を接しているの。つまり周辺諸国の魔王防衛を一手に引き受けているの。だから発言力も大きいし、具体的には関税なんかで優遇されているわ」


「えっと、魔王はいないけどいるように見せることで、国の利益になっているということですか?」


「ええ、そしてもうひとつ。アンナ、ここの防音結界って大丈夫なのよね?」


「アンナではございませんの。かわいいかわいい猫の置き物ですにゃ。その立場から申し上げると、シファの構築したこの魔法結界は最先端の理論に基づいているの。あの変人の発想に追いつけるやつはこの大陸にはおそらくいないのにゃ」


「そ、そう……。分かったわ。ヒロト君覚悟して聞いてね。実は女神様もいないのよ」


「ん? いえ、だってレティシア様がいらっしゃるじゃないですか……」


「アイツは女神様のニセモノ。本当は魔族なの」


「はっ、はあ!?」


 女神様が魔族ってなんだよそれ! いやレティシア様が魔族であって女神様はいないのか。


「そう、女神様も魔王もここにはいないのよ。あの女神、本物の女神と魔王に同時になろうとしているようだけど……」


「ほ、本物の女神様はどこに? 魔王もそうですけど」


「そのことはシファがずっと密かに調べているわ。あなたも知っている『鉱山の英雄』様が真実を知っているようなんだけど……。私の権限でも接触すらできないわ。常に教会の監視がついていて、彼の奪還に何度も失敗しているわ」


「グランさんのことですか!?」


 

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