第19話 ゴミ捨て場

「ヒロト! イッパイ、ニンゲンガイッパイ! タベル、イイ?」


 上目遣いで俺の返事を待つ黒いモフモフ。


「駄目だよ。ツムト、それ分かってて聞いてないか?」


「ウーッ。オデハ、ヨイコ。ガマン、スル」


 ねえ、ちょっと。君にはそんな我慢が必要なのか? 冒険者ギルドの従魔じゅうま登録もアリシア様のゴリ押しでなんとかなった。魔物を従えるテイマーという職は存在するそうだが、王都では滅多めったに見かけないらしい。


 魔物に所有者の存在を示す首輪やプレートをつけるのがギルドにより義務づけられているのだが、小さなツムトにつけられるサイズのものは無かった。これもアリシア様がギルド長を半ば脅迫きょうはくしてルールをじ曲げた。


「ツムト、そのリボン似合ってるよ」


 そう、ツムトの毛先に結ばれた水色の可愛らしいリボン。それが従魔である印だ。俺にそう言われてご機嫌な様子で飛び回るツムト。彼を初めてみる通行人たちは驚くが、その可愛さにすぐに笑顔になる。子どもたちにも人気だ。


「リボン、リボン、ミズイロリボン。ツムトノリボン。カワイイカ?」


 もちろんアリシア様が用意した不思議アイテムである。はっきり確認したわけではないのだが、ツムトは身体の大きさを自在に変化させられるような気が……、する。それをアリシア様に伝えると、かつて王家と親交しんこうがあったとかいうドラゴンがつけていたとかういうリボンを宝物庫から持ち出してきたのだった。


 ほぼお伽話とぎばなしなのだが。かつてこの国を守護していたというドラゴン、守護竜が身につけていたという。ときに人の姿に変化する彼女のためにそれに合わせて大きさも変わるというものらしい。でもこれって女の子用だと思うのだけど。ツムトの一人称は『オデ』、たぶん『俺』のことだろうし、そんなことを言う俺にアリシア様は『ヒロト君は全然分かってないわ。可愛いからいいのよ』とダメ出しされてしまった。


 まあ、ツムトも喜んでいるからいいのだけど。


 今日はツムトと王都を歩いている。屋台で買い食いしたり、武器屋や防具屋、魔道具を扱う店などを見てまわって楽しんでいる。王都の中心、大広場にはお昼に到着すればいい。それまでは自由時間である。


「ちょっとツムトいいかな? 行きたいところがあるんだけど」


「イイヨー。ヒロトノイキタイトコロガ、ツムトノイキタイトコロ」


「ありがとう」


 街と外を隔てる巨大な門で、衛兵さんに紋章を象ったペンダントを見せる。アリシア様の関係者であることを確認してもらうと、ここを自由に行き来していいと言われた。こっちに転生してから一回弟たちとここを覗きに来たことがあったが、あのときに見た怖そうで大きな門番さんはいなかった。実は彼は優しい人で俺たちはお菓子をもらった記憶がある。それとなくその人のことを聞いてみたが、知らないと言われた。


 しばらく歩くと目的の場所が見えてきた。


「オオー。イッパイ、ガラクタガイッパイ」


「うん、そうだね。ここは街から出る要らないものが集まる場所、ゴミ捨て場だよ」


「ゴミ、ゴミ、ゴミガイッパイ!」


「俺、前にここに住んでたんだ……」


 ツムトは物珍しそうに飛びまわって見ている。


「たしかこの辺りだったと思うんだけど。おっ、あった!」


 廃品や瓦礫がれきの山の片隅に使われなくなった肉屋の大きな看板が立てかけてある。あれが昔、俺たちの目印でもあった。裏に回り込むとそこにはボロ布を集めて作られたテントのようなもの。這いつくばってその小さな入り口から中へ。ここで俺たちは仲良く暮らしてたっけ。


「懐かしい……、これは……」


 小さなボロボロの人形を手に取る。劣化が進んでいたのだろう、ポロリと首が落ちた。


「そこに居るのは誰だ! 出てこい!」


 俺が入ることが見られていたのか。外から大人の声がする。


「なんだガキか。ん? その紋章はアリシア王女殿下の関係者の方! こ、これは失礼いたしました!」


 敬礼する兵士が三人。


 このあたりにもう人の姿が見えない理由を思い出した。この近くにあったスラムが一斉摘発されたと聞いた。そこに住んでいた人たちがどうなったのか知らない。そのスラムにさえ居場所の無い者たちがかつてはこのゴミ捨て場で暮らしていた。


「この場所は我々が処理いたします。またここに何者かに住み着かれては困りますからな。発見にご協力ありがとうございます!」


 そう言うと兵士たちは俺の思い出の我が家を破壊し始めた。ああ……。でも仕方ない。これはただの思い出。俺の心の中にあればいい。


「ツムト、もうすぐ時間だ。戻るよ」


「アーイ。モドルー」


 お日様の位置でおおよその時間を把握する。正午を知らせる教会の鐘が鳴るまでに大広場に行かないと。



 広場にはすでに人だかりができていた。正午の鐘が街に鳴り響く。仮設の舞台の上に、アリシア様、ダグラスさん、シファさんの三人が上がる。これからあの魔王討伐の報告が民衆向けに行われるのだ。

 

 


 

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