第16話 小鬼の王③

✳︎アリシア視点


「まだかなぁ。遅い、遅いわ」


『ドウシタ? オデ、オナカイッパイダゾ。アリシア、オナカヘッタカ?』


「違うわよ! ツムトちゃんは心配じゃないの? ヒロト君が戻ってこないのよ」


『ン? ヒロト、シンパイ、ナイ。ヒロト、ツヨイ!』

 

「何言ってるのよ。ダグラスには剣の才能が無いって、それにシファからは魔法属性が無いって言われたらしいじゃないの。そんなヒロト君は私が守ってあげなきゃ。糞っ、あんな屑どもの『試験』じゃなかったらすぐに飛んでいくのに……。まだ早い。まだ早いのよ。試験の制限時間まであと1時間はあるはず、くっ、ダグラスに試験内容の設定を任せたのが間違いだったわ。どうせアイツらなんて……」


 洞窟の入り口から聞こえるはずのない連中の声がした。ツムトちゃんはヒロト君の言いつけ通り彼らから身を隠すために私の胸元に飛び込む。


「いやあ、参った参った。危なかったな、お前たち」


「ええ、そうっすね」


「まっ、アレのお陰で何とかなったからいいでしょ」


「はあ!?」


「……???」


 つい声が出てしまった。何でコイツら生きてんの?


「どうした姫さん、俺たちの攻略スピードが早すぎて驚いてんのか? ははっ、すげえだろ。惚れ直したか? あん?」


「えっと、何事もなくゴブリンを殲滅したということでしょうか?」


「ああ、そうだぜ。優秀な俺たちにかかればこんなもんよ」


「ヒロト君……、えっと私の従者も中へ向かったはずですけど。彼は?」


「さあ? あの奴隷だろ。見なかったぜ」


 嘘だ。このゴブリンの巣は事前にダグラスとシファで枝道は全て潰してある。すれ違わないはずが無い。もしかしてコイツら……。私は湧き上がる殺意を押さえ込む。


「そうですか……。では私は確認のため洞窟に入ります。迎えの馬車はこの森を抜けたところに待たせてありますので、先にお帰りいただければと思います。私の従者が何やら御接待の準備をしていたかと」


「おおっ、そうだった。これから俺たちはお楽しみの時間だったぜ」


「さあ、いくぜお前ら。女たちが俺たちの到着を心待ちにしているはずだ」


 三人のゴミを見送ると私は洞窟を振り返る。


 あの奥には化け物がいることは確認している。私だけで何とかできるのだろうか? ダグラスとシファの応援も。いやそれでも……。


『オデ、イッテクルー』

 

 ツムトちゃんが飛び出すと洞窟の中へ消えていった。何やってんのよ私、自分のことなんかよりヒロト君よ。彼なら同じ状況で迷うことなく走り出しているはず。そう、そんな彼に私は……。


 身体強化を最大にして踏み込む。爆発的な力が地面に伝わり私の身体は弾丸のように前方へと撃ち出された。

 

 すぐに追いつくはずのツムトちゃんがまだ見えない。おかしい追い抜いたことに気づかなかったのか。私も冷静では無いようだ。これでは彼を救うことなんて……。


 その時、私は得体の知れない恐怖で身体が動かなくなった。


「きゃっ!」


 バランスを崩して地面に激しく打ちつけられ転がる。なんだ今のは? 奥にいる化け物、オークキングのそれでは無い。それを超える気配なんてあり得ない……。いや、女神か、それならあり得る。アレがヒロト君のことに気づいたのか? それはマズい。


 洞窟の奥に辿り着くとヒロト君が仰向けに倒れていた。オークキングの姿も気配も無い。どういうこと? そんなことよりもヒロト君!


 彼は寝息を立てて大の字で寝ていた。ポケットの膨らみはツムトちゃんだった。この子もすやすや眠っている。ああ、良かった、生きててくれた……。嬉しくて涙が出るってこういうことなのね。ホッとしたからか力が抜けてヒロト君の横に座り込む。私は飽きずに彼の顔を見つめていた。


「顔は変わっちゃったけど、ヒロト君だ。こんな顔で眠るんだ」


 何度かヒロト君たちの新居に私は忍び込んだ。あの建物もヒロト君も所有権は私にあるのにとは思ったけど。でも、ことごとくアンナに邪魔をされた。『そういうのはちょっと違いますにゃ』って、けっ、何が違うのさ本当に。


 私は彼の頬に恐る恐る触れてみる。


「んーっ」


 心臓が止まるかと思った。寝言だった。いまどんな夢をみているのだろう。夢っていいところで終わっちゃうんだよね。私は彼がいい夢が見れるように軽く睡眠の魔法をかける

うん、ほどよくかかった気がする。なぜかヒロト君が起きてるときって私の魔法が上手くかからないんだよね。悪戯のつもりで使った魅了の魔法はあっさりレジストされたし。


「こ、これはもしかして千載一遇のチャンスなのでは?」


 私は抑えられなくなった悪戯心に、あっさりと負けてしまうのだった。

 

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