第12話 女神レティシア

「ヒロト、これを首に掛けておくんだ」


 シファさんに渡されたのは紋章を象ったペンダントだった。これはアリシア王女に関係する者を表すもののようだ。城門でも俺は変な目で見られはしたが、この紋章を見ると衛兵は何も言わずに通してくれた。

 

 城門を出て大きな跳ね橋の上を歩く。こんな大きな橋が持ち上がるとか、この世界の技術もしっかりしたもののようだ。


 しばらく行くとにぎやかになってきた。みんな小綺麗こぎれいな身なりをして、一様いちように幸せそうな顔をしているように見える。スラムや鉱山とは大違いだ。鉱山のみんなも労働が終わるとそこそこ楽しそうにしてはいたが、比べるのは間違いだろう。


 シファさんはやはり目立つのか注目を浴びる。『シファ様』といろんな人から声を掛けられていた。異種族にも関わらず人気があるのは、その美しさからだけでは無さそうだ。小さな子どもまで手を振っている。


「見えてきたな。あれが大神殿だ」


「大きいですね。お城に引けをとってない」


「教会の権威を象徴しているからな。まあ、つまりそういうことだ」


 王家と同格、またはそれ以上ということなのか。怖くて詳しくは聞けない。


「ここにいる兵士さんはお城と雰囲気が違いますね」


「あれは神殿騎士だ。王国には属さない独立した軍隊だと思えばいい。城にいる腑抜ふぬけた騎士の何倍も強いぞ」


 何だかいろいろ面倒なようだ。シファさんを見ると彼らは敬意のこもった礼をする。お城での扱いとは全く違うのを感じた。神殿の中に入るとその天井の高さ、空間の広さ、装飾の見事さに圧倒される。城を基調とした内部は外部から計算されて光が取り込まれているのだろう、現実の世界を忘れさせるものだった。


「この荘厳さも、民衆を従わせるための仕掛けだ。見せかけの権威にだまされてはいけないよ」


 おおっ、シファさんは国にも教会にも中立的な感じなのか。俺なんてお城にも神殿にも圧倒されて自分のちっぽけさを思い知らされてるというのに。


 礼拝堂の祭壇がメインの場所だと思っていたが、さらに奥へと進んでいく。大きな扉の前に白銀の鎧を着た騎士様が両端に控えていた。彼らもシファさんを確認すると扉をゆっくりと開けてくれた。


 そこにはまばゆいばかりの豪華で金ピカな空間が広がっていた。


「あちらに居られるのが、女神レティシア様だ。ヒロト、くれぐれも気を抜かないことだ」


 そうシファさんが俺の耳元でささやいた。


「ヒロト君、待ってたわ!」


 女神様のお姿を確認しようとしたら、視界が柔らかい何かでふさがれた。アリシア様が飛びついてきたのだった。いくら聖女様でも女神様の前でこんなにはしゃいでもいいのだろうか。とても幸せな気持ちなのだが、同時にアリシア様が叱られないか気が気でない。


「アリシアよ。それがお前の新しい玩具おもちゃかの?」


「何言ってるんですか、女神レティシア。彼は私の大切な従者くんですよ。オモチャなんかじゃありません!」


「じゃが、その坊主は金で買ったのであろう。人では無くモノではないか。まあ、お前の所有物に妾が意見することも無いがの。にしても、お前は妙なモノばかり収集しおる。そこな呪われしエルフ。人を斬れぬ剣聖。人と獣人のハーフの娘。ガラクタばかりじゃ」


「もういいです! この意見の相違そういめられないのは、よーく分かりました。はいはい、お仕事しましょ。とっとと済ませて私はすぐに帰ります!」


「これ、拗ねるでない。気が乱れては召喚に影響が出るかもしれぬであろうが」


 何だこれは、女神様とアリシア様がほぼ対等に会話している。あの女神様からはとてつもなく恐ろしい何かを俺は感じる。普通に呼吸するのすら苦しいのだけど、アリシア様は平然としている。


「では、準備をせよ」


 女神様がそう仰られると、神官たちが何かの準備を始める。巨大な魔法陣が描かれ、たるに入れられた赤い液体がかれた。ワインだろうか、でも何も匂いがしない。召喚に使われる触媒しょくばい的なものなのだろう。そして、神殿騎士たちが魔法陣のまわりに立つ。


 アリシア様が魔法陣の前に出て膝を折る。両手を組み祈りの言葉を紡ぎはじめた。


 ウルツァラムンドゥムヘロエスコングレガミニ、デウスエグザウディミ、ダミヒ、サンギュイネム、エト、カルネムミアムプレショ。ヴォカフォルティス、フェロクスへロス、アド、ハンクテラム、ウト、ディアボラムヴィンカス。


 すると魔法陣が強烈な光を放ち、空間すべてが白一色に染まった。

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