第9話 剣聖と魔法使い

「坊主どうした?」


「いえ、ちょっと驚いたというか……」


「やる気を無くしたか?」


「いいえ、逆です。剣を振るのがこんなに楽しいと思いませんでした。俺は才能が無いからこそ、調子に乗らずに基本に集中できそうです」


 そう。よく考えてみれば剣なんてド素人。前世でも何かに才能があるなんて言われたことは無い。逆に才能が全く無いと思ってたことの方が、頑張ってカタチになったとき嬉しかった。どうでもいいような小さな事だったが、そんな経験が俺を支えていたのを思い出した。


「ほう……。ちょっと見て分かったが、お前は意図を汲み取り自分で考えようとしていた。そういう奴が最後まで立っていられる奴だ。剣聖なんて呼ばれているが、俺が怖えのはそういう剣士だ。だから見込みはあるんじゃねえかな」


「あ、ありがとうございます。頑張ります!」


「ダグラスは普通にほめられないのかにゃ?」


「ん? 俺にしちゃかなり褒めてるつもりだけどな。なあ、ヒロト」


「ええ、ダグラスさんの言う通りです」


「んー、男の頭の中はよく分からないのにゃ!」


 

 ダグラスさんと別れて、次にアンナさんに連れていかれたのは、お城の北側にある薄気味悪うすきみわるい塔だった。


「ここはアンナも来たく無い場所なの。あの塔の上にいるのは変人なのにゃ」


 この塔は魔法使いさんたちが、日夜魔法の研究を続けている場所。魔法と言えばセレスさんの回復魔法は気持ち良かったな。またお願いしたいくらいだ。


 塔の外側にある螺旋らせん階段を登っていく。たまに聞こえる爆発音に驚かされる。窓から煙が立ちのぼる階もあった。階段には手りは付いているが、長く放置されているのか強く引っ張ったら外れそうである。


「ここにゃ」


 アンナさんは扉の前で深呼吸すると意を決して扉を開けた。


 パーン!

 

 パーティ用のクラッカーが鳴らされた。こっちの世界にもあるんだ……。


「ようこそ私の研究室へ。この無駄に高くそびえる塔の最上階まで足を運んでくれた君たちの熱意には脱帽だつぼうだよ。いや、君たちが来ることは使い魔を通じて知っていたんだけどね。そのせいで昨日から興奮して眠れなかったんだ。私のことを皆孤独こどく好きな変人だと思っているかもしれないが、そんなことはない。人並みに寂しがり屋さんだったりするんだ。それに私は……」


 ずっと一人で話し続けているよこの人。


 初めて見る本物のエルフさんなのだが、とても残念な気持ちになるのはなぜだろうか。


 静かに微笑むだけで世の男たちをとりこにしてしまうだろうその美貌びぼうは、神々こうごうしさすら感じさせる。中性的な感じだが、控えめな胸の膨らみから女性だと分かる。


 しかし、シミの目立つ洗濯なんていつしたんだというような白衣と、あちこちに跳ねてボサボサの青みがかった緑の髪の毛が、見事にエルフさんの美しさを相殺そうさいしてしまっている。部屋の中は、分厚い本や数式や魔法陣などが書き殴られている紙が散らばり、足の踏み場もない。


「まず、黙るにゃ」


「……」


 アンナさんが低い声で一言。それだけでエルフさんは沈黙した。


「アリシア様から聞いているはずなの。こちらがヒロト様にゃ」


「ああ、君が……。私は、シファニエン・オリエネリス。長いからシファでいいよ」


「ヒロトです。よろしくお願いします」


「でも、ヒロトという名前の響きはどこか東方の島国を連想させるな。だが、どうみても君の顔立ちは大陸西方系。不思議だな」


「えっと、俺はスラム育ちで親も居なくて……、自分でテキトーにつけたんで特に意味は無いです」


 嘘だ。前世の記憶が戻って、元の名前に戻しただけだ。あっちの世界から持ってこれた唯一の宝物が自分の名前だ。それだけは失いたく無かった。


 俺はスラムに流れて来る前は小さな村の老夫婦に育てられていた。捨て子か何かだったようで血の繋がりは無かった。流行はややまいで村は全滅。老夫婦もその時に死んでしまった。俺はラインハルトと呼ばれていたが、スラムに流れてきてからはライと名乗っていた。


 今思えばヒーロー感満載まんさいで、村人Aにつけるような名前では無い。前世の記憶が自分の名前とすることを気後きおくれさせたのも理由ではある。


「そうか……。私はこの名前の響きは好きだぞ」


 残念系エルフさんではあるが、美人のお姉さんに好きって言われてしまった。ど、どうしよう。ん? いや、名前のことだったか……。


「シファは、ヒロト様に魔法を教えるのにゃ」


「ああ、そうだったな」


「ま、魔法ですか!? 俺にも使えるんですか?」


「さあ?」


「さ、さあ?」


「アリシア様が、君ならきっと魔法の行使が可能になると言っておられたのだが……。魔力をさほど感じない。うーん、どういうことだろうか?」


 どういうことって俺が聞きたい。ぬか喜びさせやがって。俺は記憶が戻ってから前世のラノベ知識を駆使して魔法が使えないか既に試している。体内の魔力を探してみたりもしたが、何も感じなかったし、今も感じない。繊細な魔力操作トカ、魔力枯渇こかつの苦しみに耐え抜いて異常に増していく魔力量トカ、俺の熱い興奮はもう過去のものだ。


「これは魔力属性を調べる水晶だ。触れてくれるかな?」


 出た! 定番の魔道具。シファさんが書類の山に埋れていた水晶玉をテーブルの上に置く。俺は恐る恐るそれに触れた。


「……。無反応だね」


 ですよね。


「アンナ、確認のため君もお願い」


「わかったにゃ」


 アンナさんが触れると、水晶の中に薄緑うすみどりうずが綺麗に発生しているのが見える。


「風属性だね。魔道具に異常は無いな」

 

 次にシファさんが触れると複数の色が絡み合って渦巻いている。


「私のもつ属性は、風、土、水だ。トリプルってやつだ。この国では十人いないんじゃないかな」


 くっ、羨まし過ぎる。『俺なんて実は全属性持ちだぜ!』とか言ってみたかった。


「ちなみにアリシア様が触れると強い光を放って水晶が粉々になるんだ」


「それは凄いってことですよね」


「ああ。あの方の魔力量はとんでもなくてね。これは魔力量の測定器では無いから当然必要以上に魔力を込めれば壊れる。だから放出を抑えて触れていただくのだがそれでもね」


「アンナも気合を入れてないとすぐに魔力酔まりょくよいをするのにゃ」


「魔力酔い?」


「ん? ヒロトはアリシア様にお会いになられたのだろ? その時何とも無かったのか? 見たところ耐性付与のアクセサリーなど身につけておらぬようだが」


「そういえば不思議なのにゃ。ヒロト様とアリシア様はベタベタといちゃついていたの。でも、平気だったにゃ」


「なんてうらやましいことを……」 


 シファさんが妄想もうそうの中でひとりもだえている。この人怖いんだけど……。


「いや、いちゃついてないし!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る