第7話 聖女様はお姫様

 部屋の中にはいくらするんだろうって感じの豪華な椅子に、金髪の少女がふんぞり返っていた。


「レンブラント、あなたには驚かせられるわ。教皇候補のひとりだったあなたを失脚させたのに、再び見習いからやり直してい上がってくるなんて……。やっぱり気持ち悪い男。本当に何をたくらんでいるのかしら。それに私の前でひるむことなく堂々としている。えっと……、あなたを呼んだ覚えは無いのだけどどうしてここに居るのかしら?」


 彼女はうんざりした顔でそこまで言うと、ため息をつく。


「ヒロト殿が是非ぜひにと申されましたので、ついて参りました。彼は教会においても神の教えを体現たいげんされた大切な御仁ごじん。私どもがあの鉱山から保護させて頂こうと考えておりますので、その件のご報告も兼ねておりますれば……」


「だ、駄目よ。ヒロト君は私が預かるんです……。邪魔しないでレンブラント。わ、私は本気よ! 私の前に立ちはだかるつもりなら、戦争よ!」


 な、何だ。何が起きているんだ。聖女様がレン司教にビシッと人差し指を突きつけている。


「戦争と言われましても、第三王女であるあなたには軍を動かす権限はございません。かつこう言う私も今や一介の神父、いや司教しきょうに昇格しましたが教会を動かす権力はありません。それに、王家には女神レティシア様が目をかけておられますれば、私に勝ち目などそもそもございませんね」


 あきれた感じでそう言うレン司教。


「そうよね。戦争なんて少し言い過ぎたわ。わ、分かっていればいいのよ」


「では、ヒロト殿を預かるとアリシア様がおっしゃられたことの理由をお聞かせ願えますでしょうか?」


「そ、それは秘密よ。秘密! こ、これは国家レベルの機密事項なの。教会にも、女神様にも秘密なの!」


 うーん、よく分からないがアリシア様の必死さだけは伝わる。


「そうですか。ヒロト殿の安全をお約束頂けるのであれば、私も退きましょう」


「当たり前よ、ヒロト君に私が何かするわけ無いでしょ!」


 レン司教は、ニヤリと笑うとひらひらと手を振って部屋を出て行ってしまった。おい、あんたの全力の支援とやらはどうなった?


「アンナ、お茶を。とびっきりいいのでお願い。あと王都で評判の店の桃のコンポートがあったわね、それも」


「アリシア様、すぐにお持ちいたしますにゃ」


 レン司教と入れ替わりに入ってきたのは頭に猫耳ねこみみ獣人じゅうじんさんだった。やっぱりいるんだ。俺が銀色の綺麗な髪の間からのぞくピコピコ動く猫耳と、去り際の後ろ姿で確認できたゆらゆら揺れる銀色の尻尾を凝視ぎょうししていると、お姫様にソファへと引きり込まれた。


「やっぱり、獣人って珍しいわよね。もしかして初めて見た?」


 おおっ、アリシア様のお顔が近い。何かいい匂いがする。これが女の子のいい匂いというやつなのか。


「え、ええ。お、俺はひと族しか見たことがありません」


 この世界にはエルフやドワーフといったファンタジーな種族がいることは、キノ爺から教わった。このオルタンシア王国は人族至上しじょうの他種族に厳しい国。あのアンナさんの存在は俺じゃなくても珍しく感じるはずだ。


「アンナはね。悪いやつらから私が助けたのよ」


「お、お姫様がですか?」


 悪い奴らというのがどんな連中なのかは分からないが、奴隷商人的なものなのだろうか。


「私は聖女せいじょとしても活動してるの。だから結構自由にお城を出られるのよ。ちゃんと世のため人のために頑張ってるんだから。ねっ、偉いでしょ私!」


 隣で密着みっちゃくして見上げるアリシア様の笑顔がまぶしすぎる。こっちに来てから初めての同年代女子で、とんでもない美少女。前世も含めて彼女も女友達すらいなかった俺が、ドキドキしないわけがない。


「す、素晴らしいことだと思います、アリシア様」


「本当に! ヒロト君にそう言ってもらえると嬉しい」


 俺の肘に、絡みつくアリシア様のお胸が……。気を失いそうになったところで、アンナさんが戻ってきた。


 スンスンと辺りの匂いをいで、俺に微笑みかけるアンナさん。もしやこれは、獣人特有の発情はつじょうを嗅ぎ分けるとかいう……。


「初めてお会いしたとは思えないほど、お二人は仲がよろしいのですにゃ」


「まあ、アンナにもそう見えるのね! そうよ、そうなのよ」


 どういうことだ? もしかして俺ってこのお姫様に気に入られているのか?


 アンナさんが、紅茶をれてくれる。そしてこれが桃のナントカ。紅茶の良い香りとこれはシロップ漬けの桃なのだろう、転生してからほぼ初めての甘味かんみを前に固まってしまう。こ、これはどうしたらいいんだ。普通に手をつけてもいいのだろうか? 俺が戸惑っていると視界に桃の切れ端が。


「じゃあ、ヒロト君。あーん」


 ま、まさかこれは。俺は夢でも見ているのではないのだろうか。言われるがままに口を開けると柔らかく甘い桃が……。う、美味いです。俺の頭はその甘味への準備はできていたが、身体の方が衝撃で打ち震える。口の中で溶けて無くなってしまったそれの余韻よいんひたる。生きてて良かった。


「な、泣いてるの!?」


 本当だ。俺泣いてる。


「よっぽど大変な生活をしてきてたのね……」


 がばっとアリシア様に抱きしめられてしまった。同い年くらいのはずだが、年上のお姉さんにそうされるように俺の顔はアリシア様の胸に収まる。ここにも柔らかな桃が二つもある。ああ、ここは天国だったのか……。


「コホンッ! アリシア様そういう行為はアンナくらいボインボインにならないと殿方とのがたへの効果は薄いですにゃ」


「何ですって! 誰が貧乳だと!」


 いや、俺はそれくらいが好物です……。アンナさんがスイカサイズのそれを自分で揺らしている。あ、あれは、危険な物だ。


「す、すいませんアリシア様。ど、どうして俺にこんなに良くしてくれるのですか? 俺はスラム出身のいやしい身分の者です。理由が分かりません」


「そ、それもそうね。えっと、うわさで鉱山に小さな英雄が現れたって聞いたのよ。それで興味を持ったのよ。そうよ、そうだったわよね、アンナ!」


「どうでしたか、アンナは覚えていないですにゃ」


「ちょ、ちょっとアンタ!」


 うーん。何か運良くお姫様の目にまったらしい。


「ん? な、何なの。その子は……。か、可愛い……」


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