第6話 王城へ

「あっ!?」


 俺のポケットから飛び出したツムトは、対面に座る神父様の目の前に浮かぶ。


『ジーーーーッ。ヘンナ、ニンゲン?』


「これは、また珍しいものを……。あの鉱山に居たのですね」


 俺は慌ててツムトを捕まえる。


「こ、これはですね……」


 やはり、置いてくるべきだった。たしか教会の教義では、魔物はむべきものであり、人類最大の敵である魔王のしもべとされている。人の言葉を話す魔物なんて間違いなく討伐対象に違いない。


「いいえ、そんなに警戒なさらなくてもよろしいですよ。私から上には可愛らしいウサギを連れているとでも報告しておきましょう。聖女様も小動物はお好きなはずですから」


「は、はあ」


 この神父、どういうつもりだ?


 俺の警戒度は引き上げられた。コイツの言葉の意図が全くわからない。それにこの完璧な善人面。転生前の平和ボケした日本にならいるのかもしれないが、このクソッタレな世界ではあり得ないと俺は知っている。俺の知るこの世界は、スラムと強制収容所という極端にかたよった場所だけだが、人間の本質が露骨ろこつに観察できることに間違いはない。


 元詐欺師のシルバーさんが言っていた、実は悪い奴の特徴に一致する。詐欺師の言うことを信じる俺もどうかしている気がするが、生き残るために必要なら悪魔だって信じてもいいと思っている。


 この神父とは極力会話を避ける。俺が転生した人間だとバレたらどうなるのか。この世界の情報がない状況では秘密にするのが正解。


『ソト、ケシキ、ヒサシイ』

 

 ツムトが目をぱっちり開いて窓の外に流れていく自然の景色を見つめている。このツムトのことも謎だ。


綺麗きれいだな、ツムト」


『ウン、キレイ。ミドリ、アオ、シロ。イロガイッパイ、スキ』

 

 二回の休憩を挟んで、馬車は大きな街の中へ入って行く。ここが王都なのだろう。前世で憧れた世界がそこには広がっていた。中世風の建物に行き交う人々。露店ろてんには色鮮やかな野菜が並ぶ。あれは冒険者だろうか、使い込まれた防具に腰の剣。俺の想像が無限に膨らんでいく。


『ニンゲン、イッパイ。オデ、タベル、イイ?』

 

「だ、ダメだよ。そんなこと言っちゃ!」


 何てこと言うんだ。慌てて小声でツムトを叱る。神父は気づいていないのか、聞こえていないフリをしているのか、手元の手帳の文字に目を落としている。


『ワカッタ。タベル、ダメ。オデ、タベル、ナイ』

 

 ああ、心臓に悪い。


 でも、大きな教会のような建物や神殿っぽいのも馬車は通過して行く。聖女様ってあんな場所にいるんじゃないだろうか。

 

「あの、この馬車はどこに向かってるんですか?」


「お城ですよ、ヒロト殿」


「えっ? お城って王様のいる……」


「ええ、王城です。聖女様はオルタンシア王国の第三王女ですからお城に向かうのは当然ですね。お姫さまはお城に住んでいるものですから」


「王女様!? むり、無理。そんな雲の上の方にお会いするなんて……。礼儀作法も知らないし。風呂だって随分ずいぶん入ってないんですよ。絶対、やらかして不敬罪ふけいざいとかで処刑されちゃうでしょ!」


「ん? 風呂ですか……。ヒロト殿はあの鉱山労働者ですし、そういうものでしょう。着替える際にセレスに浄化じょうかの魔法を掛けさせていますから、それは問題ないですよ。ですが、聖女様は御付きの侍女じじょや家庭教師を短期間で何人も解雇するような方です。教会のやり方にも良く口を出してきますし、困ったものです。何かお気にさわるようなことをヒロト殿がした場合は私にも解りかねます」


「ええっ、そんな……」


 どんな聖女さまだよ。慈悲じひ慈愛じあいの心はどこ行った? というか我儘わがままお姫さま属性の方が強いのか。マズい、処刑台まっしぐらだ。俺の運の無さは呪いか何かなんだろうか?


「神父さん。いや、レンブラント司教様。俺と一緒に居てくれるんですよね」


 俺は深々と頭を下げる。鉱山では特に教会の聖職者たちの序列や役職に興味は持たれない。前世の知識で言うとこのイケオジは神父、司祭しさいの上の司教しきょうである。セレスさんに確認したから間違いない。どれくらい偉いのかは分からないが、軍の司令官に指示しているのを見たし結構頼りになるのではないだろうか。この際、胡散臭うさんくささは置いておこう。


「ええ。最大の支援をさせていただきますよ」


 おおっ、神はここに居たのか。あの完璧スマイルが後光ごこうつきで見える。れてまうやろ。いや、嘘だ。そっちの趣味はない。


 俺たちは衛兵に案内されて城の中を進む。高級な服を着せられているが、俺の場違い感が半端ない。いろんな人から向けられているだろう視線が気になる。だが、レンブラント司教、面倒だ呼び方はどうでもいい、レン司教にしとく。彼を見ると皆軽く頭を下げている。何度も城に来てるのだろうか。たかが教会の人間への態度には見えない。


 衛兵は扉の前の侍女に取り継ぐと去っていった。


 自分でも緊張しているのが分かる。俺はこういうの苦手なんだよな。異世界の王族みたいな人種の考えることは俺には分からない。分からないことは怖い。


 再び出てきた侍女が扉を大きく開き、俺たちを招き入れた。

  

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