第5話 もふもふ毛玉

 光が収まると、目の前に小さな黒い毛玉が浮いていた。坑道は何故か再び光だした魔導まどうランタンで薄暗くだが照らされている。


『オデ、オマエ、ナオシタ。カンシャスル、イイ』


「ああ、ありがとう」


 脚に刺さっていた矢も消えて傷口も無くなっていた。背中に手を回してみるが何とも無い。さっき闇の中で見たサイズ感はどこへ? こいつこんなに小さかっただろうか。


『コマカイコト、キニスル、ヨクナイ』

 

「おおぅ」


 毛玉はふわふわと俺の方に寄ってくる。思わず手が伸びてしまう。何だこの可愛い生き物は。俺がでると気持ち良さそうに二つのつぶらな瞳が細められる。前世では犬や猫を飼う事は俺のあこがれだった。


「なあ、お前。名前ってあるのか? 俺はヒロトだ、よろしくな」


『ナマエ……。オデノナマエ、【ツムトギアアンダビノ・アストズァラク・オリログラスソムンアミー】!』

 

「長っ! ええっとツムトギア……。覚えられねえし!」


『オデ、ナマエ、メッタニ、ヨバレナカッタ。ナマエ、オボエル、ヒツヨウ?』

 

「当たり前だろ、友達は気軽に名前を呼び合えるもんだ」


『トモダチ? オデ、ヒロト、トモダチ?』

 

「そうだろ、違うのか?」


『……。チガウナイ。オデトヒロト、トモダチ!』

 

 毛玉は嬉しそうに俺のてのひらの上で飛びねる。


「なら、ツムトでいいか? それなら呼びやすいし」


『ツムト。オデ、ツムト。ツムト、ヒロト、トモダチ!』

 

 ツムトと呼ばれた毛玉は空中を飛びまわる。これは喜んでくれているんだよな。


「ツムト、さっき怖い魔物たちがいたはずなんだが、どこ行ったか知らないか? また襲って来たらヤバいし」


『マモノ、オデガタベタ』


「はっ!? ま、マジか……」


『マジ。ウマカッタ。デモ、ヒロトノホウガ、モット、ウマイ。ハズ」


「おいおい、友達は食べたらダメだろう」


『トモダチ、タベル、ダメ?』

 

「そうだ。友達は食べちゃいけないんだ」


『トモダチ、タベル、ダメ。ツムト、オボエタ』

 

 ツムトは俺の頭の上で跳ねている。友達なんていなかった俺が異世界で謎のモフモフにえらそうに教えている。なんだか笑えてくる。


 それよりも、とりあえずここから出ることを優先しないと。


「ツムト、ここに入れるか?」


『ハイルゥー』

 

 ツムトは俺の服のポケットの中に飛び込んだ。


「さあ、戻りますかね」


 俺はここに来るために通って来た小さなトンネルに身体をすべり込ませた。ここを何往復しただろうか、何にしろ生きて戻れることは嬉しい。心なしか身体からだも軽く感じる。


「誰もいないか……」


 トンネルからい出るが誰も居なかった。元の坑道は、救出のために空けられたはずの穴がきっちりめ直されていた。俺はため息を吐くと、出口を目指す。外の明かりが差し込んでいるのが見えた。

 

「神は罪深つみぶかきあなたたちのことを決して……」


 坑道に向かって祈りの言葉を捧げる神父さんと目が合った。後ろに並ぶ労働者たちも俺を見て固まっている。


「ヒロト、生きておったか!」


 キノ爺が駆け寄る。


「ええ、まあ。何とか出てこられましたけど……。みんな何してるの?」


「坑道がダンジョンとつながったから、この入り口から魔物があふれぬようめるんじゃと。お前も生きておるかもしれんし、埋まったままの遺体も回収できておらんからと反対したんじゃがの……」


 危なかった。俺は生き埋めにされるところだったらしい。


「あなたがヒロトさんですか。無事生還されるとは、これも女神レティシア様の御加護によるものでしょう。さあ、みなさん、この奇跡に感謝の祈りを!」


 ブレない神父のようだ。信心深い兵士たちはひざをついて本気で女神に祈りを捧げているように見える。それとは対照的に労働者たちはうんざりした表情を浮かべていた。俺、女神様に見放みはなされたんだと思っているんだがな。神父をにらむと、すっと目をらされた。


「グランさんは?」


「教育ぼうじゃよ。ヒロトを助けに行こうとして軍の連中とめたんじゃよ。労働者を扇動せんどうしたとか適当な罪を着せられてな」


「そうですか……。あと、シルバーさんの容体ようだいは? 他にも心配な人たちも……」


「シルバーはセレス嬢の治療を受けたと言ってヘラヘラしておったわ。片脚は失ったが奴は大丈夫だろう。他の救出された連中も命は取り留めたぞ。お前がポーションを運んでくれたお陰じゃな」


 結局、第一坑道は予定通り入り口を爆破されて閉鎖された。多くの死人が出たことや、坑道内で魔物の出現が確認されたこともあって、仕事は一週間休みになった。


 基本的に囚人の鉱山の男たちは外に出ることもないし、金も無い。支給品の煙草を使った賭博とばくもいまは教会関係者が多く滞在しているため、おおっぴらにもやれない。博打ばくちは神の教えに反するということで、国の法で禁じられているのだ。せっかく多数来ているシスターたちに近づこうにも、警備の兵士の数が多く声すら掛けられない。みんな死んだような顔をしていた。


 グランさんは三日ほどで『教育房』から出されたが、シスターたちの着替えを覗いたキノ爺が入れ替わりで放り込まれてしまった。出てきたグランさんによると事故で労働力が大きく減ったいま、爺さんも貴重な労働者であり連中も無茶なことはしないだろうということだった。


「どうしたのですか? せっかく王都に行けるというのに、そのような暗い表情をされて」


「いえ、別に……」


 何故か俺は、きらびやかな馬車に乗せられて王都に向かっている。目の前にいるのは坑道の外に出たときに見た神父様。どうもコイツは胡散臭うさんくさく感じるし、祈っても助けてくれない女神様とやらへの信仰なんて今の俺には無い。


「聖女様があなたに興味を持たれたのですよ、ヒロト殿。あの方が収容所の報告書に目を通されるなど珍しいことです。これも神の御導おみちびきというものでしょうか」


 無駄にイケメンな神父が微笑ほほえむ。きっとシスターの姉ちゃんたちとムフフでけしからんことをしているに違いない。そう思うと一層腹が立ってきた。ああ、行きたくない。この着させられた仕立てのいい服も何だか落ち着かないし、その聖女様というのも信用できない。俺がつまんない奴だと分かったら、すぐに帰してもらえるのだろうか?


「ん、その生き物は?」


 きっと退屈だったのだろう俺の服のポケットから顔を出したツムトが、神父に見つかってしまった。 


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