第4話 救出へ

 誰もいないな。


 念のため端の穴から入って確認していく。ツルハシなどの道具が放り出されていた。事故の前に地震があったとみんな言っていた。まず、その揺れに驚いて逃げ出そうとしたらしい。


『ウウッ、ウーッ……。ウッ、ウッ……』

 

 引き返そうとしたとき、それは聞こえた。これはうめき声か、誰かが苦しんでいる。早く助けに行かないと。


「誰か、誰かいるんですかー? 返事してくださーい」


 ランタンをかかげて奥へと進んでいく。


『オオッ、オッ、オッ』

 

 声が近くなってきた。何人かいるようだ。


「助けに来ました。怪我けがはありませんか……、えっ!?」


 ランタンの明かりに照らされ、浮かび上がったのは異形の姿。


 魔物? 坑道でそんなものが出るなんて聞いていない。転生したこの世界がファンタジーなそれであることは知っていたが、実際に見るのは初めてだった。くすんだ緑色の肌。ゴブリンという奴か。


「みんなに知らせなきゃ!」


 魔物たちは現れた俺に警戒しているのか、手に持った斧や剣を掲げて威圧の声を上げる。俺はその場を逃げ出そうと後ずさる。


「うっ!?」


 左脚に激痛が走る。見ると深々と矢が刺さっていた。


『ギギギッ、ギャーギャー!』

 

 弓を持ったゴブリンが小躍りして喜んでいる。

 

「こ、殺される」


 これまでの人生で前世も含めて死にかけたことは何度かあるが、明確な殺意を向けられたのはあの作業着のおっさん以来。いや、あのおっさんに殺意があったのかも怪しい。何かに取りかれているような顔をしていたのを思い出す。転生してから辛いことや悲しいこと、これは現実だと何度も思い知らされてきたはずだったが、俺はまだどこか半分夢の中にいる感覚だったのかもしれない。


 俺は血が流れ続ける脚を引きりながら、必死で来た道を引き返す。ゴブリンたちは手負いの獲物をいたぶって楽しもうとでも思っているのか、グギャグギャ言いながらゆっくりと差を詰めてくる。


「ぐがっ!」


 背中に激痛。何発か放たれて大きく外れていた矢が、ようやく俺に突き刺さる。思わず前につんのめって倒れてしまう。後ろでは緑の悪魔たちのあざけるような声が一段と大きく聞こえた。俺はいつくばりながらも必死で前に進んだ。


 前方に、みんなの姿が見える。埋まっていた坑道に人が一人通れるくらいの穴が空けられて、怪我をした人たちが運び出されて行くのが見える。兵士の姿もあった。これで助かる。


「た、大変です! 魔物が出ました」


 俺の叫び声にみんなこちらを振り返る。助けてくれると期待した大人たちは叫び声を上げてその穴の中に逃げ込んでいく。武器を持った兵士ならゴブリンなんて敵ではないと思ったのに、どうして?


 振り返ると緑の小鬼の姿は無かった。


 代わりに巨大な牛頭うしあたまの怪物が巨大な斧を持ち、ゆっくりとこちらに向かって歩いていた。


「ミノタウロス……」


 前世のゲームやラノベに出てくる魔物であれば、それに違いない。威圧感がハンパなく、兵士も含めて大人たちが逃げ出したのも分からなくもない。これは人がどうにかできる存在じゃない。


 前に見える穴がどんどんふさがれて行くのが見える。どうやら俺は見捨てられたらしい。希望が閉ざされていく。この脚と背中の怪我では、あの横の小さなトンネルに逃げ込むことも難しそうだ。


「俺ってつくづく運が無いんだな……」


 誰かのために勇気を出して行動してもいつもこんな感じだ。俺はヒーローには成れない生粋きっすいのモブキャラらしい。


 俺に刺さった矢には毒でも塗られていたのだろうか、全身がしびれてもう動くことができなくなっていた。俺は最後の力を振り絞って背中の矢を引き抜き、仰向あおむけになる。俺を殺す怪物の姿を死ぬ前に目に焼きつけてやろう。もう死ぬのは確定事項だ。だったらそれを受け入れてやろうじゃないか。


 俺を見下ろす牛頭の怪物。そいつが巨大な斧を振り上げる。

 

「ああ、一度でいいから正義のヒーローに成りたかったな……」


 限界だったのか、俺の意識はそこで途切れた。




 ん? 死んでないのか……。俺は眠っていたらしい。魔導ランタンの燃料が切れたのか真っ暗で何も見えない。脚と背中の痛みが、ここがあの世では無く俺がまだ生きていることを教えてくれる。まだ身体の痺れは抜けきっておらず、自由がきかない。血も多く失われたのだろうやけに寒い。いずれにしろこのまま死んでしまうだろうことが自分で理解できてしまう。


「本当に糞な人生だ。女神様とか何やってんだ、俺は毎日欠かさず祈りをささげてたっていうのによぉ」


 この国は王族が支配しているが女神様というのが実際にいるらしい。年に一度、王国の建国記念日にお城で民の前に姿を見せるのだと、死んだスラムのお兄ちゃんたちに教えてもらったことがある。もちろん街に入ることができない貧民ひんみんがその姿を見ることは一生ないのであるが。


『メガミ……。スキ? ……キライ?』

 

 とうとうお迎えが近いのか幻聴げんちょうまでしはじめたようだ。


『スキ? キライ?』

 

「ああ、大嫌いだぜ!」


『……』

 

 中途半端な幻聴だ。ちゃんと答えただろ、何か言えよな。


『イキル? シヌ?』


 何だそれ? 俺のことか? 


「死にたくないに決まってんだろ。馬鹿なのかテメエ!」


『バカ……、ワカラナイ……。シヌ……ナイ? イキル? シヌ?』

 

「面倒なやつだなぁ。生きるよ、生きたいですよ!」


『イキル……、ザンネン。シヌ、オデ、オマエタベル。オマエ、イキル。オデ、オマエタベラレナイ……』

 

 ん? 食うのか? ようやく闇に目が慣れて来た俺は声のする方向をにらむ。何かもやっとしたかたまりが浮かんでいるように見える。化け物なのか?


 ゴブリンにミノタウロス、そして次は言葉をかいする化け物が俺を食うとか言っている。とことん俺を馬鹿にした世界だ。自分の不運さに呆れて、恐怖なんてどっかに行ってしまった。食うなら早く食いやがれ! 


『オマエ、オデ、コワクナイカ? フシギ……。ソンナニンゲン、ハジメテ……』


「そうかよ、初めましてだな。だが俺の身体はもう長くは持たなさそうだから、ぐにサヨナラだ!」


『サヨナラ、ダメ。オマエ、キチョウ。イキル』

 

 そう化け物が言った瞬間、俺はまばゆい光に包まれた。 

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