第3話 崩落事故

「あっ、俺寝てたのか」


 セレスさんの回復魔法がとても気持ちよくて寝てしまったみたいだ。夢を見ていた気がするが覚えていない。そうだ俺全裸にされたんだった。身体をくまなく確認するが、鉱山に来る前からあった傷も含めてすべて綺麗きれいに無くなっていた。すごいな……。えっと、セレスさんに変なことされて無いだろうな、されるんだったら意識がある時にお願いしたいのだけど……。セレスさんの色気いろけある姿を思い浮かべると俺の下半身はすぐに反応する。うん、正常だ。


 何かテントの外がさわがしい。俺は服を着ると外に出た。


「おい、急げ! 怪我人を運ぶんだ」


「担架はこれだけか! しかたねえ、あとの連中はかつぐしかねえな」


 みんなあわただしく走り回っていた。次々と運び込まれてくる怪我人たち。腕や足がつぶれている人もいた。これはすでに亡くなっている人たちもいるに違いない。


「おお、ヒロト。ここにおったか」


「キノ爺、何があったんだ?」


落盤らくばん事故じゃな。めしの後、第一坑道こうどう崩落ほうらくした。地層の状態も確かめずにどんどん掘り進めていったのが原因じゃろう。儂があれほど警告したというのに」


「第一坑道って一番人の多いところじゃないか!」


「そうじゃ、奥に取り残されている者も多くいるらしい。軍の兵士や教会からの応援が来るらしいが間に合わんかもしれんな。坑道の途中で完全にふさがれてしまっておるらしい」


「何とかしないと」


 俺が駆け出そうとするのをキノ爺は腕をつかんで止めた。


「ヒロト、やめておけ。まだ崩落は続くはずじゃ、危険すぎる。大人たちに任せておきなさい」


「でも……。行ってくるよ、キノ爺!」


 俺は手を振り払って駆け出した。第一坑道には俺に親切にしてくれた人たちが多くいる。何も出来ることは無いかもしれないが、俺はじっとしてはいられなかった。


 坑道の入り口では、グランさんが指示の声を飛ばしていた。こんな時に監督官たちが役に立たないというのは……。だが、グランさんの指示で必死に動いてはいるようだ。役人が囚人しゅうじんの下で動いているのも不思議な光景だが、それだけ彼が認められているということでもある。

 

「グランさん!」


「ヒロト、お前も来てくれたのか」


「はい、俺に出来ることはありませんか?」


「ああ。お前なら……」


 グランさんは腕を組んで考えている。キノ爺と同じく俺を心配してくれているのだろう。


「あの中には俺に親切にしてくれた人たちがいるんです。少しでも力になりたいんです!」


「分かった」


 俺はグランさんの後に続いて坑道に入っていく。


「ヒロト、この穴通れそうか?」


 埋まっている場所の手前にある小さな穴を指差して俺に言う。


「うんしょっと……。ああ、入れますね」


 転生先がスラムで栄養が足りなかったためか、俺は小柄だ。前世もチビだったから違和感いわかんは無いのだが、おかげでこの穴は通れそうだ。もちろん身長はこの先伸びると信じたい。


「この穴は元々空いていた洞窟どうくつの一部なんだ。おそらくこの崩落した向こう側に通じている。ヒロトにはここを通って取り残されている連中に回復ポーションを運んで欲しいんだ。低級のものしかないが、応援が到着するまでのつなぎにはなるはずだ」


 小さなトンネル内で、俺はポーションのびんが詰まった袋を乗せた台車を、腰につけたロープで引っ張っていく。真っ暗で何も見えないが、いつくばって必死で進んでいく。


 先に小さな光が見えた。あれはきっと魔導まどうランタンのあかりだ。生存者がいるんだ。


「聞こえますか! ヒロトです! いまそっちに向かってます」


「おーい!」


 俺の声に反応して、誰かの声が聞こえる。もうトンネル内の岩の冷たさも、時折り指先に触れるこけだか虫だかの感触も気にならない。ただその出口に向かって手足を動かした。


 トンネルを抜けると広い坑道に出た。俺の知っている人は居なかったが、四、五人の男たちの姿が見えた。


「ポーションを持ってきました。わずかですが水と食糧もあります」


「ああ、助かる。この奥に怪我人を運んであるんだ」


 そこに寝かされている中に俺の知る人たちがいた。


「おお、坊主じゃねえか……」


「シルバーさん!」


「右脚をつぶされちまったぜ。最悪だ」


 きつく布で縛られて止血しけつされているが、重傷であることが俺にも分かる。


「ポーションです。少しは楽になると思います」


 シルバーさんの上半身を静かに起こして飲ませる。


「ふーっ、楽になった。ありがとうな坊主」


「もうすぐ軍からの応援がくるはずです。もう少し頑張ってください」


 再びトンネルに入りグランさんに奥の状況を伝える。その後も俺は医療品や水、食糧を往復して運んだ。その途中で兵士たちが到着し、崩れた岩盤を慎重に取り除き坑道の外へ運び出していく。埋まっていた人たちの死体も次々と運び出されていく。


「ヒロト、もうすぐ向こう側に出られる。あいつらに伝えてやってくれ」


 崩落事故から丸一日経とうとしていた。もう何人かが間に合わず亡くなっていた。


「分かりました」


 俺は向こう側に出て、みんなをはげまして回る。


「なあ、少年。さっき変な声が奥から聞こえた気がしたんだが、気のせいだろうか?」


 一番端にいた兄ちゃんが俺にそう言う。


「声? 他にも生存者がいるんですか」


「分からない。たくさん瓦礫がれきの下に埋まってしまったからな。そもそもこの場所に何人いたかすら誰も把握はあくしていない」


 もしかしたら、崩落がこの先でも……。


「なら、俺が見てきます」


 持ち込んだ予備のランタンを持って俺は確認に行く。歩いていくと、掘削くっさく中のいくつかの穴へ枝分かれする場所に出た。

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