第24話 イワンの弟子

私の脳裏に前回の屈辱の経験が蘇る。

屈辱は必ずバネになると私は密かに拳を握った。

エレナはくるくる回転している荷物を載せたベルトコンベヤーが気に入ったようだ。

キャラクターの絵が付いた荷物に話しかけながら歩いている。

ようやく荷物が出て来て私達3人はカフェに入った。

「ボーンダルさん、ここからはサングラスをずっと、はめていて下さいね」

「わかりました」

「見えていないと言う素振りをお願いします」

「了解です」

「たとえばこんな反応です」

と言ってイワンさんは1000ヒリヴニャ紙幣をテーブル上の私の目の前にそっと置いた。

私はそれを首を前に傾けて見た。

「それはいけません。盲人はそっと置かれた紙幣には気づかないはずです」

「あっそうですね」

今度は10ヒリヴニャ硬貨をテーブル上の私の目の前に投げた。

今度は私は無視をした。

「それもいけません。音がしたら盲人は聴力は敏感ですよと言う演技が必要です」

と言うイワンさん。

なかなか難しいが頑張るしかない。

イワンさんのスマホの着信バイブ音が聞こえた。

「南晩漠総書記⾧秘書からのメールです。南出口の黒いリンカーンに乗ってくれとの事です」

私達は歩きながら話始めた。

「高級外車ですね」

「まったく、銀総書記の贅沢病は際限がないですね飢えに苦しむ民がいるというのに…神

経を疑います」

イワンさんはため息混じりに言った。

「その民のために自分は質素に暮らすと言う事はできないのでしょうか?」

「贅沢病が糖尿病を生んだのでしょうね。何の苦労もなしに育つとこうなると言う事ですね」

「その通りです」

そうこうしているうちに目指す黒のリンカーンが停まっている駐車場に着いた。

運転手が後部座席のドアを開き私達は車に乗り込んだ。

助手席に乗っていたのは軍事研究センターのかの所⾧だった。

「イワンさん、ようこそ南晩漠へ、お待ちしておりました」

「こちらこそお招きいただきありがとうございます」

「早速ですが、治療コンペティションの話に入ります」


高級外車はゆっくり発進した。

「すでに、世界各国から漢方薬と鍼灸の治療家が来ましたが、一ヶ月で銀労働党総書記⾧の口渇を治すことはできませんでした」

「そうですか」

「招待した治療家は症状を治してこそ価値があるので、効果が出なければ帰りの旅費は出せません」

「わかりました」

今、そんなことを言わなくてもいいだろうにと会話を聞いて私は思ったが、イワンさんは顔色ひとつ変えない。

「さぁ着きましたよ」

と所⾧が言う。

私達は車から降りて、伸びをしたり、深呼吸したりした。

あなた方の宿舎はこちらです…と所⾧に案内されて自動ドアが全面ガラス張りの豪華な宿舎に足を踏み入れた。

「⾧旅でしたからお疲れでしょう。まずは荷物を置いて部屋で一休みして下さい。またこちらから連絡します」

「ありがとうございます」

「ところでそちらの助手のお弟子さんはどこかでお会いしたような気がするのですが」

「初めましてトブロホースト・コザチェンコと申します」

と私はいつもよりかなり低い声で所⾧に挨拶した。

「あなたのような人はイクライノにはたくさんいると言う事ですね、ハッハッハ」

と笑われ私は胸をなでおろした。

早速、次の日からイワンさんは銀総書記⾧の治療に入った。

私は盲人の設定なのでエレナに手を引かれて治療室に入る。

銀総書記は鍼灸治療が好きなので専用の治療室を軍事研究センターの中に設置している。

そもそも、軍事研究センターが官邸と言うのも銀総書記⾧の戦争好きを象徴している。

毎日ミサイルを眺めて自分の力に酔いしれたいのだろうか?

「お脈を拝見いたします」

とイワンさんは総書記⾧の両手首に自分の両方の人差し指、中指、薬指をあてがった。

イワンさんは治療だけではなくホングリ語まで勉強していた。

銀総書記⾧に話しかけるホングリ語の流暢さに頭がさがる。

「うーん、本格的ですね。脈も診ずに私の糖尿病を治そうとした他の治療家はもうすでに自国に帰ってもらいましたよ。鍼の真髄がわかっておりませんからな」

と銀総書記⾧はイワンさんに言った。

「私の言ったツボをちゃんと点字筆記具で記録しておきなさい」

「はい、わかりました」

と弟子の演技が板についてきた私である。

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