第23話 リベンジの旅立ちの日
「鍼灸?漢方?」
私はその名前は知っていたが、考えてもいなかった単語が出てきたのでポカンとしてしまった。
「夫とエレナちゃんとボーンダルさんの3人で南晩漠に行ってほしいのです」
と馬先生は言う。
「ご存知の通り、銀労働党総書記⾧はあの体型です。公には報道されていませんが糖尿病を患っています。総書記⾧は漢方薬と鍼の治療が気に入っています。漢方薬と鍼の主治医が高齢のため引退する事になりました。ところが後任が見つからないと言う情報が入って来ました」
「そこまでの情報がどうして?」
「台湾人華僑の強さです」
「華僑…名前だけは知っていましたがすごいですね」
「華僑のネットワークによると主治医は代々一子相伝で引き継がれていきますが、お子さんがいないために世界各国から腕利きの漢方鍼医を探しているそうです」
「そこで馬先生のご主人に白羽の矢が当たったというわけですね」
と私が言うと馬先生は首を横に振った。
「主人が主治医と決まったわけではありません」
と馬先生は言う。
「たった一ヶ月で糖尿病の症状の一つである"喉が渇く"を改善できた治療家を主治医にす
ると言う治療コンペティションを開くそうです。たった一ヶ月ですよ。さすがは銀労働党総書記⾧と言うぐらいの無茶振りです。しかし、困難だからこそやり甲斐があると主人は言っています。今回、華僑のコネクションでそのコンペティションに参加できる事になりました」
「症状が改善できたらいいですね」
「ええ、主人は現在その研究と腕を磨くことに心血を注いでいます。そこで主人に付きそ
う盲人の弟子という設定でサングラスをかけ変装して潜入すると言う計画を立てていた
のです」
「それは名案だ!感謝します」
そしてまた3週間が過ぎ南晩漠へのリベンジの旅立ちの日が来た。
エレナと私、そして馬先生のご主人、お見送りの馬先生の四人は空港のラウンジで談笑し
ながら搭乗を待っている。
馬先生がご主人を紹介する。
「初めましてイワン・アルチュコフです」
と爽やかな笑顔でご主人は挨拶し、私達は握手を交わした。
「ボーンダルさん、今回は潜入してからどんな展開になるかまったく見当がつきませんが、
私は奥さん奪還の為の時間伸ばしをします。ゆっくり鍼をしてゆっくり漢方薬の処方をします。総書記⾧が早く治せとイライラしてもです。ただ、ボーンダルさんを潜入させる目的でコンペティションに参加したと発覚すると私達の命の保証はありません。命がけで演技して下さい」
頼もしく真剣に私達の事を考えてくれるイワンさん、さすがは馬先生の伴侶である。
「馬先生は良いご主人と出会えて幸せですね」
「私には出来すぎた人だと思っています」
「いえいえ、馬先生も素晴らしい方ですよ」
「光栄です」
「ところで馬先生、本当に腰を落として立つ架式をやっただけで敵に勝てるんでしょう
か?」
「それはやってみなくてはわかりません」
「え〜そんなあ。こんな時は師匠は普通“大丈夫、自分を信じなさい”とか言うんじゃないんです
か?」
「ごめんなさい、不安にさせて。エレナちゃんと一緒なら大丈夫です。今からエレナちゃ
んは師匠です」
「わかりました」
「エレナ師匠、お父さんをよろしくね」
「わかりました」
とエレナは笑った。
「エレナちゃんとパパの愛の力でママを救出してきてね」
「エレナ頑張る」
「その調子よ」
「パパは力があるけど動きが硬いから瞬間的な爆発するようなエネルギーを出せないので
エレナがフォローするね」
「すごい、まさしくエレナ師匠だね」
「馬先生の弟子だもん、大丈夫だよ」
「パパは打突や関節技の練習はしていないけど架式はバッチリたからそれを上手に使える
ようにエレナちゃんが指示してね」
「わかりました馬先生」
エレナと馬先生の会話を聞いていると心が和む。
こんな師弟関係をこんな小さい時から構築できているエレナはなんて幸せ者なんだろう。
なんとかなると私は根拠のない自信を持った。
いや架式なら私が世界一だと思った。
南晩漠の有坂壌国際空港に着いた。
飛行機が初めてのエレナは機内食を美味しそうに食べお気に入りのアニメに夢中だった。
なかなか、海外旅行に連れていけなかった私の腰の重さと、行ったことのない土地に行く
事が苦手な自分の性格を悔やんだ。
こんなに楽しそうにしているのならもっと早く決心したら良かったと思う。
イワンさんは熱く漢方鍼灸治療の素晴らしさを私に語ってくれた。
預けた荷物が出てくるのを待つ。
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