第22話 逃げるのも武術
「それではなぜ私がカンフーの稽古を?」
「もちろんお父さんの上達も必要ですがエレナちゃんと呼吸を合わせるのにも少し時間がかかります。エレナちゃんとお父さんは掛け算です。お父さんの力が2ならエレナちゃんと共に敵と闘えば6、3なら9になります。つまりエレナちゃんのカンフーは共に戦う人の力を3倍にするわけです。力を合わせ大きな敵と闘うための準備時間が少しかかりますが南晩漠と言う鉄の壁にお二人の愛の力で風穴を開けてほしいのです」
私の心に小さな炎が燃え始めた。
力や体格、喧嘩慣れではない「心」で勝つのが武術であると馬先生は熱く語る。
「では、馬歩から始めます」
と馬先生の架式指導が始まった。
「つま先は前方に向けて足幅はこれくらい。ちょうど馬に乗るような感じです。お尻を突き出しすぎないように」
馬先生が私の姿勢を直す。
ものの1分で汗が吹き出る。
「3分そのままにしててください」
と言われ私は心の中で「勘弁してください」と懇願した。
足が震える、汗がしたたり落ちる。
「それでは登山歩です」
えっ休憩は無いの?と思ったが口には出して言えず素直にしたがった。
「つま先は両足とも前方45度に向けて左前足は曲げて後ろ足はピンと伸ばします。後ろ
足の伸びが足りません」
と馬先生は私の後ろ足を軽く叩く。
「それでは次は独立歩です」
と馬先生の指導は続く。
独立歩は読んで字のごとく一本足で独立する片足立ちである。
膝が笑わないので少し気が楽である。
と思ったのもつかの間、馬先生は立っている軸足と違う方の膝をもっと胸に引きつけてと厳しく指導する。
これ以上ももを胸に引き寄せられないほどに押し付けられ今度はももの筋肉が笑い始め
た。
隣をチラッと見るとエレナが楽しそうに型の稽古をしている。
私も楽しく稽古したいと思った。
「それでは次は朴歩です」
「はい…」
「朴歩は左足を曲げて、つま先は正面、右足は伸ばしてつま先は45度です。もっと左膝
を落として下さい」
と馬先生は限界ギリギリの私の膝を曲げさせた。
そして
「伸ばしている足は敵の足を払っています」
と教えてくれた。
「それでは次です」
と言う馬先生にやる気満々をアピールしようといい顔するのが嫌になってきた私。
ついに本音が出てしまった。
「馬先生、私もみんなと同じように型の稽古がしたいです」
と言った。
「奥さんを救いたいんですよね?」
「そりゃそうですけど…」
「でしたら私の言う通りにして下さい」
「わかりました」
「三週間は架式の稽古ばかりをやります」
「えっ?三週間も」
「何か言い分がありますか?」
「い、いえ」
妻を救うという目的の前に言い訳は無用だと反省した。
「それでは入環歩です。左右の膝を合わせて左足は足底全体に体重をかけ、右足は中足で立ちます。両足で相手の足を挟み突きを放っています」
と馬先生は解説してくれた。
天真爛漫のエレナの笑顔があるから続けられた。
馬先生の厳しくて優しい指導あるから続けられた。
妻の悲しい顔が目に焼き付いているから続けられた。
三週間の修行を終えた私に
「ボーンダルさんは強くなりましたよ」
と馬先生は言う。
「これからエレナちゃんと南晩漠に潜入してもらいますが、くれぐれも命を大切にして下さい。危険と思ったらすぐに退散しましょう。逃げるのも武術です。ボーダルさんは体格がいいのでついつい力に頼りがちです。肩に力が入った突きは威力が半減します。そしてその力が慢心につながり油断をしがちになります」
「はい、気をつけます」
「パパ、大丈夫だよ。たくさん稽古したから」
とエレナが親指を立てて言う。
道場の応接室で話は続いた。
「本当に三週間ありがとうございました。南晩漠へ妻奪還の旅に出たいと思います」
「不安があるとは思いますが今のボーダルさんの精一杯で頑張って下さい」
「わかりました。ところでカンフーの基本はできたものの、軍事研究センターへの潜入ルートはどうしたらいいものかと悩んでいます」
「本当はエレナちゃんが一緒なら一週間で良かったのですが三週間も稽古していたのには理由があります」
「はい、どういった理由ですか?」
「実は私の夫は鍼灸師であり漢方湯液家なんです」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます