第21話 ダディの初稽古
エレナのピンと伸びた右足がコンパスのように円を描き私の右軸足を払った。
床で頭を打ちそうになった時、馬先生が私を支えてくれた。
「エレナちゃんの技ありです。エレナちゃんの実力がわかりましたよね、お父さん」
「凄いです」
「小学二年生と馬鹿にしてましたけど反省してますか?」
「はい…反省しています」
「何事も体験しなければ分かりません。エレナちゃんのカンフーの凄さに気づいてもらえれば話は決まりましたね。お二人で南晩漠へ行って奥さんを奪還して来て下さい」
馬先生の誠実さとエレナの強さを受け止めた私は「奪還」を決意した。
「私が強引にボーンダルさんに決意させたと思いますが、聞いて下さい」
と馬先生は私の目を見る。
「私は武術を子供の頃からやっています。それを使って喧嘩したことはありません。毎日、こうして稽古するのは愛する人を守るために闘わなければならない時のためです。そんな状況は死ぬまでにあるかないかです」
と言う馬先生に対して私はなるほどなあと思った。
「身に降りかかる火の粉は振り払わなければなりません。今がその時です。たとえボーンダルさんが武術で負けたとしても、奥さんの上に覆いかぶさり殴られようが蹴られようが守るのが武術なのです」
馬先生の言葉に目頭が熱くなってきた。
馬先生の道場を出て、車に乗り込んだエレナと私。
「エレナはカンフーの達人になったんだね」
「馬先生に言わせると、まだまだだけどね」
とませた事を言うエレナ。
本当にこの道場に通わせてよかったと思う。
「パパ、明日からの稽古は厳しいよ」
「そりゃあ覚悟してるさ」
「本当に?」
「本当さ」
「パパは今日、私との組手で子供相手だからって自信満々だったでしょ?」
「そうだね、まさか大人が子供に負けるなんて思わないから」
「馬先生はいつも言うよ」
「なんて?」
「自分は強いって思ったら負けるって」
「そうか、そうだよね。パパは自分の事強いと思っていたよ、格闘技オタクなだけなのに」
「それが負けた原因だよ」
とエレナに諭された。
カンフーオタクは、やはりコスチュームから入る。
私はブルース・リーが「燃えよドラゴン」着ていたカンフー着で道場に入った。
「うん?」と、はてなマークが私の頭の中を専有した。
みんなTシャツとカンフーパンツの出で立ちである。
詰め襟の中国服は私だけだ。
「エレナ先に言ってくれよ」
とエレナの耳元で囁いた。
エレナはニコニコ笑っているだけだ。
私が思い込んだら人の言うこと聞かない事にうんざりしているから何も言わなかったんだなと自責の念にかられる。
馬先生が
「さぁそれでは架式から始めます」
と言うと門下生は意気揚々と整列した。
何回も見学に来ているので流れは分かっているはずだが、いざ自分が稽古する立場になると戸惑いだらけだ。
みんなに合わせて私は詰め襟カンフー着からTシャツに着替えた。
ブルース・リーの名言「BeWater」がプリントされている。
馬先生は
「BeWater、素晴らしい」
と口にしてから私に微笑みかけた。
オタクの気持ちまでくみ取ってくれる優しさを感じた。
架式が終わると足あげ練習に入るが、
「ボーンダルさんはそのままで待ってて下さい」
と言われた。
馬先生は青年の門下生に全体の号令を任せた。
そして私の側に来て
「ボーンダルさんは架式を続けます」
と言った。
ひと通り架式が終わり汗だくなのにもう一回架式?と思った。
しかし師匠の言う事は絶対という不文律は、いくら空気が読めない私にも分かる。
「分かりました」
と私は答えた。
「この同じ姿勢を続ける架式が一番実践的ってエレナちゃんから聞いてますか?」
と聞く馬先生。
架式の耐久時間の試合で馬先生が大男の腰を抜かせた事をエレナから聞いていたので
「はい、聞いています」
と答えた。
「それは何よりです。前も言いましたが奥さんの奪還は急ぐ必要がありますが、準備が必要です」
「私が強くなることですか?」
「そう簡単には強くなれません」
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