第20話 親子対決

「わかりました。もうこれは正攻法では奥さんは帰ってきません」

と南晩漠での経緯を話した私に対して馬先生は言った。

「正攻法でないと言いますと?」

「実力行使です」

「実力行使?」

「そうです」

「実力行使とはどういう事でしょう?」

「南晩漠軍事研究センターに潜入して奥さんを奪還します」

「誰がですか?」

「ご主人であるボーンダルさんがです」

「私がですか?」

「そうです、奥さんを愛してますよね?」

「そりゃあもう愛し抜いてますけど」

「それなら話は決まりました。明日からエレちゃんと一緒に稽古してもらいます」

という馬先生の言葉で一旦会話は途切れた。

そんな明日からだなんて急に…と思ったがなぜか反論はできなかった。

「善は急げです。南晩漠はボーンダルさんの口を封じようと居所を探しているはずです。

奥さんに拷問をかけ口を割らせる、なんて事をやるかもしれませんよ」

「拷問ですか…」

「今すぐにでも行きたい所ですが、準備も必要です」

「何の準備ですか?」

「カンフーで強くなってもらう準備です」

「そんな一朝一夕でカンフーって強くなれるんですか?」

「なれません」

「はい?」

「なれなませんがエレナちゃんと一緒に行ったら大丈夫です」

「小学2年生のエレナとですか?」

「はっきりいいます。今のエレナちゃんとお父さんが闘ったらお父さんは負けます」

「大人が子供に負けるはずがないじゃないで…」

「じゃあやってみましょう」

と馬先生は私の言葉を遮った。

エレナはニコニコ笑っている。

私はボクシングスタイルで左手左足を前にして構えた。

「格闘技オタクの私、試合の動画は研究してるからそれなりのパンチは打てますよ」と心の中で馬先生に向かって言った。

「子供に負けるはずがない」とこの提案を鼻で笑った。

エレナは両手を下げて腿につけている。

相変わらず笑っているので、「大人をバカにするのもあと少しだよ」と思った。


「それではエレナちゃんがお父さんの突きを避けて三回カウンター攻撃が入ったら、エレナちゃんの勝ちです」

と馬先生が言う。

「このリーチ差で避けられるはずがないじゃないか」

と思いながら

「パパは手加減するけどエレナは思いっきりやっていいよ」

と私は言った。

私は子供に牽制攻撃は無用だと思い右のクロスを軽く放った。

エレナはそれを左手で外から払い、右手で私の股間を打った。

手のひらで打たれたので下腹部までずしりと衝撃が走った。

「はいそれまで。それでは二回目です」

と淡々と馬先生が言う。

ちょっと油断したなと反省し、ジャブとクロスストレートの二連打を放とうと考えた。

ジャブを放った刹那、エレナは私の手首を掴み、自分の左肘を鋭角に曲げ私の肘を下から上にあげてひしいだ。

電気のような衝撃が肘に走る。

私は自分の左肘を押さえてうずくまった。

「はいそれまで。それでは三回目です」

と馬先生がまた淡々と言う。

肘の痛みが続いた。

「三回目はもう少し待って下さい」

と私はあえぎながら馬先生に言った。

「いいでしょう、エレナちゃんの強さを実感しましたよね、お父さん。これで降参ですよね?」

「いえ、約束は三回です」

「わかりました。それではダメージがもう少しやわらいだら三回目をやりましょう」

と馬先生が言う。

私も少し大人げないが頭に血がのぼり熱くなってきた。

小学二年生だと思い手を抜いてたからこんな事になったんだと気持ちを引き締める。

今度は足も使おう。

いくら大人と子供とはいえ手のリーチはそんなに変わらない。

子供の手と大人の足のリーチなら大差ありだと頭の中で策を練った。

左手のジャブから右ミドルクロスを牽制にしておいて左のハイキックをエレナの顔面めがけて寸止めする、これで決まりだとニンマリした。

ジャブ、クロス、足をスイッチして左のハイキックを放った刹那、エレナが視界から消えた。

しゃがんだエレナは左足を伸ばし、右膝を曲げた。

そこから左足に重心を移す。

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