第7話 ホイップクリーム

ここでそのままの態勢ではギブアップになるのでくるりと反転し、アンナちゃんに背中を見せてから素早く肘の力を抜いて反撃に出るエレナ。

「背中を見せるのはほんの一瞬でないと敵に付入られます。エレナちゃんの素早さがないとできません」

と馬先生が解説してくれた。

愛弟子の成⾧に目を細める馬先生であった。

道場の稽古は夜九時半に終わるが子供は八時半に帰ってもいいようだ。

馬先生は子供たちを集めて

「よく頑張りました、お家で食べてね」

とパンを渡した。

これがエレナがよく言ってた「稽古の後のパンが一番好き!」なんだなと思った。

また明日も来ます…と子供たちは馬先生に手をふる。

道場近くの駐車場の電灯が眩しく私達を照らす。

夜でもこれだけ明るいと犯罪防止になりそうだ。

エレナも私もシートベルトをつけた。

馬先生からもらったパンを食べたそうにしているエレナは

「ねぇパパ食べてもいいよね?」

と聞く。

「先生はお家でって言っただろ?帰ってから」

と私が言うとエレナは一気に不機嫌になった。

まだ小学二年生だなといとおしくなる。

小学二年生は機嫌が悪くなるのも早いが機嫌が良くなるのも早い。

パンにぬるホイップクリームを買って帰ろうと言うと

「やった~」

と笑顔になった。

「パパ、今日の稽古を見てどうだった?」

「みんなあれだけ一生懸命に稽古してるなんてすごいね」

「みんなじゃなくて私」

「エレナがみんなを引っ張って元気いっぱいにしているのを感じたよ」

「でしょでしょ」

と車内は会話がはずむ。

エレナにとって母親が行方不明なのはとても辛いと思うが、帰って来るまでは強く明るい父親でいなければと思う。

さあスーパーについたよ、遅くまで営業してるから助かるね…とエレナに言うと

「ホイップクリーム、ホイップクリーム」

と飛び跳ねて車から降りた。

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