第5話 熱気を帯びる道場

 「ザンブ!」

と言う馬先生の声が響いた。

中国語で「站歩」は「ザンブ」と聞こえる。

「站歩」は腰を低く落として数分同じ姿勢をする事で、別名「架式」とも言うとエレナから聞いた。

門下生が整列し一斉に稽古に入る。

エレナは幼稚園児の頃は架式は嫌いと言っていたが、二年生になった今、先輩然として頑張っているようだ。

汗がコンクリート敷きの道場の床にしたたりおちる。

ひんやりしていた道場の空気が一気に熱気を帯びた。

馬先生が一人一人の架式を直して回る。

門下生は幼稚園児から私と同じ50代くらいまでが集う。

若い門下生は必死に腰を落とし、中高年は休み休みやっている。

年齢や体力を見極め馬先生は指導の仕方を変えているようだ。

馬先生は今度は冷えたペットポトルの烏龍茶を持ってきてくれた。

「稽古が始まるとずっとこんな熱気なんですよ」

と言う馬先生に

「そうですか」

と小説家のくせに良い受け答えができない私。

「エレナちゃんは変わりましたよ」

と言う馬先生。

お母さんが行方不明になってからものすごくしっかりしたし稽古も熱心ですと言葉が続く。

「なんせ一人っ子なものですから甘やかしてしまって」

「甘やかされた子があんなに後輩の面倒を見たりしませんよ」

と馬先生はフォローしてくれた。

「では私は次の稽古の指導に入りますね、どうぞごゆっくり」

とパイプ椅子から立ち上がって門下生の方に歩み寄って行く馬先生。

次は蹴りの稽古のようだ。

馬先生の号令で門下生が足上げを始めた。

ももが胸に付きそうなくらい高く振り上げている。

幼稚園児はまだまだ足が上がらず号令に合わせて足を動かしている程度だがそれがまたかわいい。

エレナも入門当時はきっとこんなんだったんだろうなと思う。

休憩と馬先生が言うとみんなは持参してきている水筒で水分補給する。

次は股関節を大きく回す外回しだ。

手を真横に出して手の平に足の小指側を当てる。

パシーンパシーンという音が揃っていて耳に心地よい。

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