第30話 稲荷神社の繁栄計画、次の手は

「葉介君、どう思う? 稲荷神社の繁栄についてこれからどうしたらいいかな」


「参拝者の母数が大きくなりましたから願い事が叶う霊験あらたかな神社だという噂は自然と広まると思いますよ。

人は自分に都合の良いことを信じる生き物なんです。


有名人やその道のプロなどの権威があれば、間違った事でも信じてしまうミルグラム効果や、誰にでも当てはまる事が書いてあるおみくじを自分に宛てたものだと勘違いしてしまうバーナム効果はまさに神様マーケティングにぴったりなんですよ。


今回はあの写真で神の存在を感じた人もいるでしょうから、権威付けはできたと思います」


確かに日本人にとっての神話の神は信仰するほどではないのに、心の中には絶対に在ってほしいと信じられているものだ。

神社を流行らせるのはマーケティング手法が合っているだろう。


「初動で人集めができたのですから、あとは神のみぞ知る、ではないですかね」


葉介は両手を軽く挙げて最初の参拝者集め計画はここまでだと宣言した。


小さい神社だが長い間信仰を集めてきたウカ様のお社が、最近までただのOLだった私なんかの浅知恵でいきなり変わることなんか無いだろう。


「ウカ様のやり方もあるだろうし、次いこっ! 次」


「へ? 次ってなんですか」


「あー、これは私の命題なんだけどね、神と人との共存共栄」


「おおきく出ましたね。でもこの村では実現しているように思えますが。

神が本当に鎮座する白蛇山神社と村の関係は、小さなコミュニティで見事に成立していますよね」


狭い範囲で神様の存在が信じられるような事件が起こり、祭りで人の心を集め、神社も繁栄して建て替えまでできた。


「なんかこれって新興宗教みたいだわ」


私はがっくりとうなだれてしまった。


由緒正しい神話の神々の一員になったはずなのに、小さな場所で教祖になっている事に気がついた。


「よし、その命題は私のライフワークとします! いつか叶える方向で!」


「そのほうがよろしいかと。なにかするなら小さな事からやってください」


私達は、せっかく広げた神域を繁栄させるための方策が決められずにいた。

それもあって、稲荷神社の広報活動に逃避していた感がある。


最近は頻繁に拝殿でのミーティングがおこなわれている。

神社スローライフは思ったより簡単では無いのがくやしい。

月の初め、一日には必ず全員揃っての報告会は欠かさず実施している。


獅子が村で聞き耳を立てて入手している情報の、誰と誰が付き合い始めた、どこのじいさんがぎっくり腰になったという話は結構重要だと考えている。


それらをまとめておいて、きりの書いたお祈り台帳と照らし合わせれば、かなりの確率でお祈りと一致する。


旦那の腰痛を治してくれ、結婚したいが将来が心配だ、などの祈りだ。

お祈りには答えるべきだろうと、きりが言っていたのでその対応を早めにおこなっている。


夢を使った人心コントロールはめっきり減った。


今は氏子であれば、その願いが叶うように念じるだけでどんな因果が巡るのか、時間と共にそれは叶う方向に近づいてゆくようだ。

しかし願い事の最終地点にたどり着くには、最後は自分の努力しかないのだが。


当然、稲荷神社の繁栄も願っている。


「やっぱりウカ様のとこを大成功に導いたという実績をひとつ作りたいな。

葉介君の経験が一番使えると思うんだけど」


「広告代理店営業の経験から言いますと、お金さえ掛ければいくらでも人を集められます」


「お金で集めるのは違うでしょうよ。とはいえ、神社の繁栄っていうのは受け身なんだよね」


「ええ、僕もお金を掛けて集客というのは絶対やりません。

しかし、受け身では今の人気も徐々に下火になってしまう可能性が高いです。


もちろん、宇迦之御魂神はこれまで信仰を集め続けてきた神ですから消えることなんて絶対無いと思いますが」


「それはそうだけど、あの社は危なかったじゃない。もうひとつ後押しが必要だと思うよ」


葉介はあごに手を当てて少し考えてからつぶやく。


「ネットを使って情報発信するべきなのですが。

たとえば神が自分で情報発信できたら世界が変わるだろうな」


「ピカーン」


「なんですかそれ」


私の頭にすごいアイデアが舞い降りた。

しかし、すぐ考え直した。


「いやぁ、今ね、凄いアイデアが浮かんだんだけど、いや無理かなぁって」


「一応話していただけますか?」


「神様が動画配信とか」


「ダメに決まってるでしょ!」


いや、実際のところは可能だ。

アバターを使って喋って貰えば中の人だろうと中の神だろうとわかりはしない。


しかし、私達にはそのノウハウが無いし、思いつきで始めた配信者が寂しいチャンネル登録数の底辺で死屍累累となっている事は知っていた。


生前、私もきりの動画や自分が配信者になって小銭稼ぎをもくろんだことがあったのだ。三日で飽きた。


「葉介君の知り合いでそういう専門家はいないの?」


「はぁ、一人いました。

でもちゃんとしたプロダクションに入ってるプロの配信者ですから、忙しくて素人の立ち上げとか手伝って貰えるかどうか」


「神様のお願いっ、立ち上げを手伝って貰えるか聞くだけ聞いて」


「稲荷神社に勤める人間の巫女さんになら手取り足取り教えることもできるでしょうけど、宇迦之御魂神や八重さんにどうやって教えるつもりなんですか。

ゆかりさんなら好きにして貰って結構ですが」


「私ならいいんかいっ!」


「それに宇迦之御魂神は配信やってみたいなんて言いますかね。

いや、言うかもしれないな。

稲荷神社の写真撮影のとき、あのお方は写りたがってましたね」


「やり方を覚えるのは葉介くんでいいとして。

よし、じゃあウカ様のとこ行ってくるねー」


「僕が覚えるんですか! そこ、ちゃんと決めてくださいよ」

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