第31話 ライブ配信

「あっ、始まりますよ」


きりは酒を呑みながら食い入るようにタブレット画面を見つめている。


「こん稲荷~! みなさぁ~ん、初めまして。

稲荷神社の最新情報を神使の八重がお届けする『街の稲荷神社チャンネル』

はっじまっるよ~」


「ブーーーッ!!!」

「ブーーーッ!!!」

「ブーーーッ!!!」


三人とも酒を吹いた。


「わははははは、なんと、八重が出ておるぞ」


「いや、ぶっくくく、八重さん顔出しだぁ、あの人のノリじゃないよー。

なんだこれ、楽しすぎる、ひゃはははは」


「ぷぷぷ、はははは、同じ神使ですけどわたし、あんなにノリノリでできませんよー」


白蛇山神社の神界部屋には私のほか山神ときりが三人並んで座っていたが、ソファーから転げ落ちそうになって笑っている。

ウカ様は思ったとおり二つ返事でOKを出してくれた。

どんなものかよく分かっていない様子ではあったが。




 葉介くんの知り合いから紹介して貰った女性配信者さんは神社の巫女さんが配信をするというシチュエーションに興味を持ってくれた。

配信中の注意事項と三脚や照明機器のセッティングは葉介くんにすべてレクチャーし、彼が準備作業をおこなったとのことだ。

さすがは白蛇山神社の神職! 何でも屋!


カメラ機材までは準備するお金が無かったので、宮司さんのスマートフォンを借りての配信だ。


不敬なコメントがあってはまずいので、配信者さんからモデレーターを紹介して貰い、コメント管理を今回だけ無料でやってもらっていた。

流れているコメントは総じて肯定的なものが見えている。


≪かわいい≫

≪綺麗な巫女さんですね。お参りに行きます≫

≪教えて貰ってきました。こんな綺麗な巫女さんがいるのですね≫


などと、八重はべた褒めされている。

肝心の配信内容は広告代理店経験のある葉介に一任してあった。


「八重さん、やっぱり綺麗だよねぇ。巫女でお姉様キャラがあのノリだもん、これはモテる」


私は映像映えのする八重の美しさに驚いていた。


「こんなことができるのか。面白い面白い。酒が進むのう、それ、皆も呑もう呑もう」


山神は動画配信を神楽かなんかのように楽しんでいる。


映像は神社の場所や外観、商店街のコロッケなどを写真と現物で紹介し、その説明はさすが長年住んでいる八重だ。

とても詳しい歴史背景から紹介していて興味深い内容だった。


撮影場所はどうやら神界部屋を使っているようだ。

いつの間にか以前の寝殿造りでは無く、明るい壁紙の女子部屋っぽい背景になっているのだった。


「えっ、ちょっとお待ちください、いけません! 困りますっ! あっ、あーっ!」


「わたし参上ーっ! わたしは八重の先輩なのでーす。名前は秘密ですよ」


「ブーーーッ!!!」

「ブーーーッ!!!」

「ブーーーッ!!!」


八重の美しさも霞むようなもう一人の巫女が映像に入ってきた。ウカ様だ。


ウカ様は、デザインを一新して売り出したばかりのお守りやお札を掴み、効能を熱弁している。


「八重さんだけが喋る予定だったんじゃないの? 大丈夫かなこれ」


「はははは、八重ばかり褒められておったからな。

ウカ様が出てくる頃だと思っておった。

こんな面白いもの、神なら絶対飛び付くに決まっておる」


山神は腹を抱えて笑っている。

現在の同時接続視聴者数は初配信にしては多い百人越えだ。


神威でも使っているのではないかと不安になるが、恐らくレクチャーしてくれた配信者さんが宣伝でもしてくれたのだろう。


画面には神社で撮れることで有名になった神霊写真が大写しになった。


「これ、みんなみましたかぁ? ほらほら、ここがわたしの顔で、ここが脚で」


「ウカ様っ!!! あなたは今巫女でしょ! あっ、ちがっ、このお写真、不思議ですよねぇ。

うちの稲荷神社には神様がおわしますが、最近はこのようにふらふらと出歩いていますので、みんなもお写真撮ってみてくださいね。


このような写真が撮れたらとてもありがたい幸運のお印です。おうちに神棚がある人は飾ってくださいね。

大事にするほど幸運が舞い込んできますよ~」


「それは間違いないよ。なにせわたしの写……」


「はーい、それでは今夜は初配信ということでお聞き苦しいところもありましたでしょうけど、またいらしてくださいね~。おやすみこんこん!」


「終わりましたね。八重さん大変そうでした」


きりがぽかんとした顔で配信が終わった画面を見ていた。


「あれは予定外だったんでしょうね。きり、おまえもやりたくなった?」


「う~ん、う~ん。少しだけならやってもいいかな」


きりは楽しそうだと思ったようだ。私はやらないけれど。


「わしはやっても良いぞ。その時は二柱同時出演となるがな」


「えー」




 実家で父親と配信をチェックしていた葉介は、真っ青になって肩を掴む父親にどう説明したら良いものかと一瞬考えた。


が、ウカ様の楽しそうなお姿に身体の芯からふわふわした幸福感が広がり、何の心配など無いのだと感じていた。


「父さん、神様の動画配信なんて絶対に観られるものではありません。

これは僥倖なのですよ」


配信を偶然視聴した人たちには次々と幸運が舞い込んでいた。


困りごとは解決し、宝くじや懸賞が当たり、学校では良い成績を収め、会社では昇進する。


そしてじわじわと配信のアーカイブ再生数が増えてゆき、三ヶ月後には収益化申請が認められた。

そして増え続ける再生数による広告収入が発生し始めた。


後に稲荷神社では宮司のスマホを借りての動画配信を二ヶ月に一回はおこなうようになり、崇敬すうけい者を増やしていったのだった。

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