第29話 稲荷神社の繁栄とウカ様の想い
「葉介君、お父さん呼んできてくれるかな」
これ以上葉介にカメラを持たせてはいけない。私はそう判断した。
走ってきた宮司さんに詳しいことは説明せずにカメラを渡して何枚かの写真を撮って貰った。
そのあいだ、ウカ様はわざわざカメラの前に立って写ろうとしていたのが笑えた。
「ん? 葉介、これを見ろ」
「なんですか」
「ほら、ここに白いモヤのようなモノが写っている。これは神聖なものかもしれんぞ」
「あーほんとうだあ、これはもしかしたら神が映り込んだのかもしれませんねー」
(父さん、あなたはさっきから宇迦之御魂神を真正面からバシャバシャ撮ってました。バチあたりです)
宮司さんが撮った写真は、稲荷神社が神聖な力を秘めていることを伝える写真として記者に送ることにした。
のちの取材時に記者が連れてきたカメラマンの写真にも数枚光が映り込み、プロの目からも撮影ミスでは無いと判断された。
それはそうだ。カメラマンの前にもウカ様と八重が何度も前に出てポーズをとっていたのだから。
「週刊誌にも載ってますよ、すごいなあいつ、色々な媒体に写真を送ってくれたみたいです」
葉介が興奮しながら女性週刊誌のページを見せる。
記者は葉介から送られた写真を見て、『空の旅』だけでなく、もっと記事が売れそうなところへ片っ端から声を掛けたそうだ。
そしてこういった話に最も効果的な女性週刊誌に載ったことで大きな反響があったようだ。
三週間後、私達の思惑通り神霊写真は次々に雑誌やネットニュースに取り上げられバズった。
その頃から稲荷神社への取材と参拝者がみるみる増えていった。
「宮司さんはあのお客さん達を捌けてるのかな」
「はい。隣の店をお借りした仮設社務所にしばらく常駐するみたいです」
宮司さんが仮設社務所で作務衣着て参拝者対応しているだけでもちゃんとした神社に見えるはずだ。
取材対応も同時に受けているらしく、宮司さんの写真が雑誌に載ることも度々あった。
ウカ様も参拝者が増えて撮影会に大忙しだ。
そのあいだ、社の中で八重は祈願台帳の記帳作業にてんてこ舞いだったようだ。
「これからもどんどん人が来るの? 楽しみだねぇ。わたしは今までどおり社の周りをぷらぷらしていればいいのよね」
稲荷神社にはお参りをしてから写真を撮ると、何十枚かに一枚は不思議な写真が撮れる。
それはとても縁起が良いという噂が広まり、連日参拝者の行列ができていた。
そしてとうとう稲荷神社の神界部屋に絨毯と神様をダメにするクッションが導入されたそうだ。
* * * * * *
「今日もたくさん来たねぇ、八重さぁん、お酒呑みたーい」
「はい、お疲れ様です。いまご用意しますので少々お待ちください」
夕暮れ時、宇迦之御魂神が仕事上がりの一杯と思っていると、一人の少女が思い詰めた顔をして稲荷神社を訪れた。
お賽銭を十円だけそっと入れて長い時間一生懸命祈っている。
「ゆきこちゃん。こんばんは」
「わっ! びっくりした」
目をつぶって祈っていた『由季子』のすぐ近くには、ひざに手を当てて腰をかがめ、目線を少女と同じ高さにして微笑む女性がいた。
あまり見たことのない着物姿に、光り輝くような優しい笑顔の美しい女性は宇迦之御魂神だった。
「かみさ……ま?」
子供でもその神々しさ、包み込むような優しいオーラを感じたのだろう。
すぐに神様だとわかったようだ。
「うん。そうだよー。今日は一生懸命お祈りしてくれたから、いいものあげるね」
宇迦之御魂神は帯に挿してあった稲穂を抜いて手渡した。
「これをおかあさんの枕元に置いてね。すぐ元気になるからね」
「ありがとう、ありがとうかみさまっ!」
「もう暗くなっちゃったけど、ひとりで帰れる?」
「うん、だいじょうぶ。早く帰ってこのタネでおかあさんをなおしてもらうんだ」
その時、社から美しいキツネがするりと出て、由季子の前に歩いて行き、ついてこいと言いたげに振り返る。
「きつねさんだ、この子もかみさまなの?」
「そうだよー。ゆきこちゃん、この子について行ってね。それと、またいらっしゃい」
「はいっ!」
少女の顔から先ほどまでの不安な影は消えていた。
キツネの八重が先導し、由季子を間違いなく家まで送り届けるだろう。
「ただいま戻りました」
巫女姿の八重が帰ってきた。
「ありがとう八重」
「いえ。ウカ様、晩酌のご用意をいたします」
「うーん。今日はお茶にしてちょうだい。
人にはたくさんの願い事があるけど、すべてを叶えたらどうなるのかしらね」
「私にはわかりかねます」
宇迦之御魂神は今まで気まぐれに人の願いを叶えていた。
そのスタンスはずっと変わることが無かった。
「人が神になったら人の願いをどう扱うのかしらね」
「ゆかり様の事ですね。一度お聞きになってはいかがですか」
「たぶん、ヒルメ様もわからなかったからゆかりさんを神にしたんじゃないかな。
神って言っても社で祈らなければ人の考えなんかわからないし、全知全能じゃないんだから」
八重は何も答えること無く、お茶を淹れに立ち上がった。
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