第23話 宇迦之御魂神

 宇迦之御魂神うかのみたまのかみはガレキすら残さず更地になった八十七社神社を見回し、あきれ顔で腕を組んだ。

消えた鳥居のあった場所に、八十七社神社の祭神が呆然とした顔で座り込んでいた。


「あぁ生きてた。神殺しの称号とか付いちゃうところだった」


「祭神は死にませんよ。白蛇さんと夜刀神にはあとで話がありますが、まずはこいつですね」


「う、ウカノミタマノ神、こやつら、儂の社を、どうか成敗を!」


八十七社神社の祭神が私達を指さしてわめいている。


「あなたねぇ、私が知らないとでも思っていたのかしら。

うちの八重もお世話になったみたいよねぇ。

私が苦労して高天原へ陳情しに行ってる間に好き勝手してくれたわねぇ」


ウカ様はにこにこしながら祭神に近寄ってゆく。


「還りなさい」


その一言ですべてが元の通り、静かな夜の八十七社神社に戻った。


ただし、祭神も神使もいない。この神社から神は消えてしまった。

静かな風が吹いている。


私はともかく、山神と夜刀神の二人も目を見開いて固まっている。

これが最高神に次ぐ神の力だった。


「前からうっとおしかったのよ。ここはいつか無くなるわねぇ」


気のせいか境内に生えている木々の元気も無くなっていた。


「ゆかりさん、白蛇山大神と言ったほうがいいかしら。

うちの八重がたいへんお世話になったって聞きましたよ。ありがとう」


「い、いえ、たいしたことは」


「なんでもすっごく美味しいものをいただいたとか。

お部屋がものすごく快適だったとか。

私が帰るなり八重に色々聞かされましたわ」


(こわいよぅ。神にあるまじき生活とか言われて私も消されるんじゃぁ……)


それよりもこの騒ぎだ。神同士の戦いを繰り広げてしまった。

元神敵の神々と一緒に。


「あの、わたしも討伐されちゃったり……」


いつの間にか夜刀神と山神が膝を突いて頭を下げたまま固まっている。


(ひぃぃぃぃ)


私も慌てて土下座する。考えたらウカ様は正一位、私より十段階も位が高いのだ。


「あらあら、そんな畏まらないでくださいな。私は喜んでいるのですよ」


「え、この騒ぎ、私のケンカみたいなもので、私の責任で」


「いいのよぅ、あいつは私がぶっ潰すつもりだったけど、手間が省けてよかったよかった」


やはり物騒なことをおっしゃる。


「ここもおさまったことだし、私はあなたにお聞きしたい事があるの」


「な、なんでございましょう」


「どうやったら社がそんなに快適になるのかしら」


とりあえずこの場はお開きにして、各々集まることとなった。

白蛇山神社に。




「山神様ぁ、なんなんですか、あの力の差は、私達が意気込んで殴り込み仕掛けたのに、ウカ様は一言ですよ」


「だからウカ様なのじゃ。分霊わけみたまの身でありながらあのお力、全身の鱗が逆立つ思いじゃった」


山神はウカ様と出会ったときのことを思い出して顔色が悪い。


「明日はウカ様が来るんだから準備しないとですよね。神饌とか用意した方がいいんですか? 宮司さんに聞いてみようかな」


「宮司に話すのはやめとけ、ぶっ倒れるわ」


「やっぱり正一位と摂社ってのは、あとでなんか言われそうですよねぇぇぇ」


「おまえがここの祭神じゃ、わしは知らん」


とりあえず不安なまま眠り、翌朝から準備を始めることにした。




「みんな、よろしく頼むよー、私は買い出し行ってくる」


「ゆかりさん行ってらっしゃい。こっちはおまかせください」


私は神社の掃除と神界部屋の模様替えを神使と警備員に任せて神饌しんせんの買い出しに出かけた。


「おばぁちゃん、また買いに来たよ~」


「あらいらっしゃい、今日は早いわねぇ」


私ときりは村の団子屋さんの常連だ。


「あのね、今日、ちょっと偉い人が来るんだけど、なに出したらいいかなぁ」


このお店は和菓子の他にお惣菜もあって、酒のつまみはほとんどここで賄えるという便利なお店だ。どれも最高に美味しい。


「偉い人ねぇ、そーゆーのは街で買ってきた方がいいんじゃないかい?」


「街から来るんだよぉ、でもここのお菓子はどれも街の店には負けない美味しさなんだよね」


八重が来たときに出したいなり寿司もここの商品は格別美味しいらしい。

狐のお墨付きなんてそうそう貰えないと思う。


「いいのかい? ゆかりちゃんがそう言ってくれるのはうれしいけどさ」


「うん、大丈夫、無理はいけない。ここのお菓子ならどれも美味しい。

じゃ、みたらし、あんこ、芋ようかん、いちご大福、豆大福、白玉ぜんざい、お赤飯に唐揚げ、いなり寿司……」


「ほんとにそんなに買うのかい?」


「大丈夫、大人数になりそうだし」


そして当然持ち帰れる量では無くなり、獅子に迎えに来て貰うことになった。


「あとはお酒だ!!! がっつり買うぞ」


「ゆかり様、一度食べ物は置いてきますんで、先に酒屋へ行ってきてください、後で迎えに行きます」


獅子は高位神が来るというので緊張しているかと思いきや、社始まって以来のおめでたい来訪だと張り切っている。

賑やかなことが大好きなんだろう。


これまた常連の酒屋で大吟醸、ちょっと良いウイスキー、赤白ワインにビール、炭酸水、氷などを買って帰った。


大きな箱に入れて貰ったそれらを獅子はひょいと担ぎ上げて酒屋のおっちゃんを驚かせた。


「これだけ揃うとワクワクしてくるね。お金は掛かるけど、これもお祭りだねぇ」


今月のお賽銭はがっくり減っていて宮司はびっくりすることだろう。




 夜になって真っ先にやってきたのは夜刀神とイチだ。


「おぅ、来たぜ。ウカ様より後に来るわけにゃいかんからな」


「やっぱり夜刀神様が一番でしたか。お酒の用意はできてますよ」


部屋は模様替えして二倍くらいの広さにしてある。

テーブルと座布団、ソファーだけの宴会&くつろぎエリアだ。

私の夢の部屋だこれ。


夜刀神が山神と酒を呑み始めると、まもなく神使会の面々が揃う。

そして最後に八重と子狐がウカ様を先導してやってきた。


「白蛇山大神様、このたびはたいへんお世話になりました。

我が祭神、宇迦之御魂神をお連れいたしました」


「なんてこと! ゆかりさん、このお部屋すごいじゃない。

八重が言ってた通りね。全然違うって」


「いらっしゃいませ。宇迦之御魂神様、このたびは弊社へお越し頂き恐悦至極……」


「やめてよぉ~、今日は摂社同士の宴会でしょ、堅苦しいのはなしなし」


(本当だな、大丈夫なんだな、怒られないんだな)


とりあえず上座として用意したソファー席にお座りいただき、きりが三宝に載せた団子屋スペシャルセットをお出しした。


「これが、八重の言ってたいちご大福ね、さぁ、皆さんも頂きましょう」


神使達はテーブルに置かれた大量のお菓子を食べ始める。


(お菓子でスタートか。最初はビールで乾杯したいところだけれど)


「皆様、お酒をたくさんご用意しています。お飲みになるものをお知らせください」


(きりたん、えらいよ。会社員時代を思い出すなぁ。なんか人間だった頃を思い出しちゃったよ)


ウカ様がいちご大福を一口食べて驚愕の表情を浮かべた。


「ゆかりさん、これ、すごい美味しい! 今はこんなものがあるのね。こーゆーところよ、私達のような凝り固まった神々の足りないところは」


「えっ、そんな足りないところなんて」


「いえ、ヒルメ様から聞いてるわよ。人の身で神となったあなたは天降った神の目を覚まさせる可能性を持っているって」


「そんなたいそうな事ができるとは思えませんが」


ウカ様の神威を見た後で格の違いにうちのめされているのに可能性と言われても、小物の神とケンカすることぐらいしか考えつかない。


「私の父は下界で人と交わり、生活して人の力を認めたお方でした。

その意味がこれなんですよ」


「ウカ様のお父様ってブトー様の事ですよね」


「うん、父は天孫族だったけど人の力を認めていたわ。

人は命に限りがあるからこそ人生を創意で良くしてゆくことができるの。

このお菓子だって、絶対に神は作り出せないものよ。

天降った神達は人と交わって人になりたかった、のかもね」


ウカ様から神の裏話を聞かされてしまったようだ。


「そんな話は初めて聞きました。なんと言っていいのか。

私の使命、ヒルメ様が期待する事って、本当に私ができるのでしょうか?

やっぱり私って損害賠償請求したほうが良かったんじゃないのかなぁ」


「聞いたわよー。高級マンション型神社を寄越せって言われたって。

ここで神様やらせてもらっているだけでも儲けものよー」


そうだった。今考えると本当にバチあたりすぎる。

私は頭を抱えてしまった。


「ヒルメ様が期待する事って、あなたはもうやってるわ。

この社の繁栄、山神や夜刀神が同じ場にいる事、みんな巡り巡って人の繁栄に繋がるわ。ちゃんと神の力を正しく使っているわ。

人の繁栄こそが神の使命だったはずなの。

下界が住みやすくなったところで高天原の神々は移住するつもりみたいだけど……」


それは知っていた。地上征服が古事記に書かれた天孫族の目的だ。

しかし、いまはその目的も大国主の国譲り神話で果たされている。はずだ。


めいを受けて地上に降り立ったけど、高天原に戻らなかった神も多いのよ。

私はわかるけどね。高天原は退屈だもの。

あなたはヒルメ様の期待通り、波風を立てていると思うわよ」


「神の使命……。波風を立てるとか、これからよく考えてみます」


「時間はいくらでもあるのよ。いまは摂社同士、国津神同士、色々と協力しあいましょうね。それじゃあ皆さん、乾杯しましょー」


「おおお!」


この夜、村と街の境界線が神の次元ではひとつとなった。

そういえばウカ様が来た本当の目的は、稲荷の繁栄方法についての相談であった。

収入がないと神界部屋の改装もできないと嘆いていた。


これまでの事を色々話してゆくうちに、五十年前に稲荷の敷地を売ってしまったのはうちの宮司の父親だとわかって酒を吹き出した。

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