第22話 戦神たち

 夜刀神の神域が広範囲に地域を覆い、イチの努力によって綺麗になった公園に人が戻り始めた。


遊具は壊れたままだが、とても気持ちの良い場所になり、祠を見つけたお年寄りや親子が手を合わせるようになった。

公園の敷地は柵で囲われた神を祀る場所、すなわち神社となったのだ。


街の神域構造もみるみる変わっていった。


敵対していた神域が白蛇山神社と提携関係にある神域に置き換わり、八十七社神社が無理矢理作った神域を押し返していった。


神使達の話では、八十七社神社の協力者はすべて天津神系だということまで判ってきた。


「今頃ムカついてるだろうなぁ」


八十七社神社が騙して広げた神域はほぼ取り返した。

ここまでは原状復帰だ。

そして、これからは仕返しだ!


「山神様、討って出ます」


「うむ。やるのか。話を聞こうぞ」


私と山神は御山の山頂で二人きりの話し合いをしていた。

もちろん勢いづけの酒を用意してだ。


「決行は本日明け方、奴らの街と接している夜刀神様の神域を通って八十七社神社の神域に踏み込みます。

そこで、奴らの仲間と思われる、天津神の神社をすべて『吸収』し、孤立させます」


「全面戦争ではないか。面白い」


「しかし問題があります。私には天津神と国津神の区別が付きません」


「うむ、それもそうじゃな。ではわしが一緒に行こう。奴らの違いはすぐわかる」


たぶん最初から自分も行くつもりだったのだと思う。私も山神がいれば心強い。


「それで最後はどうするつもりじゃ? 奴を消すのか?」


「さすがにそこまでは」


「ゆかりよ、これは神同士の戦いじゃ。いやがらせや多少の諍いはあってもそれは戦いでは無い。真っ向から敵対行動をするのじゃ。る気でいけ」


さすがは封印された災厄神の一柱。

戦いとなると本気と書いてマジだ。


「わかりました。敵を前にしたときに躊躇しません」


「それならよい」


「あっ、そうだ夜刀神様へのお土産! お酒持って行かなきゃ

きっと楽しみにしてると思うんですよねぇ」


「おまえは緊張感がないのぅ」


「負ける気がしないのですよ」


山神はニヤリと笑った


私と山神はお酒を持って倉刈林へ飛んだ。

山神こと白蛇比売の力を感じたのか夜刀神が祠から飛び出してきた。


「白蛇っ、おまえなんで来た? やる気か?」


「夜刀神様、違います、今夜は夜刀神様の神域を通らせていただきたく、お酒を奉納いたします」


「おどかすな、この白蛇には夜討ちを仕掛けられたことがあるんだ」


「そんなことあったか? まぁよい、お主、ちっこくなったのぅほほほ」


「祠に合わせてるだけだ。力は取り戻した。白蛇山大神との約定で人は喰わぬが、おまえら、殺りに行くんだろ」


「そんな物騒なことにはならないと思いますが、少々仕返しをしたいと思います」


「なら俺に酒を奉じよ」


私は持ってきた奉納酒二本を祠の前に置いた。

一升瓶の首が二本とも飛んだ。夜刀神がどうやったのか切り飛ばしたのだ。


神官姿のイチが酒瓶を傾け、日本酒を夜刀神に浴びせる。

あっというまにすべての酒を飲み尽くした夜刀神から真っ黒な霧が吹き出した。


「白蛇山大神よ、準備せい」


「へっ、準備?」


夜刀神は白蛇姿の山神とほぼ同じ大きさの真っ黒で禍々しい巨大蛇へと変化した。


「白蛇、いくぞっ」


「山神様、呼ばれてますよ」


「おまえのことじゃ! わしの身体に変化へんげせよ」


以前白蛇になって爆発物処理したときは感情の暴走があったからそんな事故が起きたのだと解釈していたのだが、どうやら山神の本体は私が持っているというのが正しいようだ。


「変化の神威ですかぁ。はいはい、やりますよ」


「嫌そうにするでない。夜刀神が手伝うと言っているのじゃ。奇跡じゃ。派手で楽しいのじゃ! わしがやりたいくらいじゃ」


「いまは私しかできないってことですものね。よし、やってみます! 『変化』」


私の姿は夜刀神に並び立つほど巨大な白蛇に変わった。


いつのまにか私の頭の上に山神が立っている。夜刀神の頭には神官姿のイチが乗っている。


「よぉーーし白蛇っ、行くぜ!」


「あの、国津神に手を出さないでくださいよ。天津神の社をみんな『吸収』するのが目的ですからね」


「ちっ、面倒だな。お、そうだいいこと思いついたぜ、俺と白蛇で奴らの町を取り囲むんだ。

それでな外側から少しずつ包囲を狭めながら吸収しちまえ」


「夜刀神よ、またえぐい作戦だのう。お主が神々との戦いで序盤に使った手口ではないか」


「あぁそうよ、やつら腰抜かしてたぜ」


「ほっほっほ、結局負けたではないか」


(うん、これは私も悪神の仲間入りだわ)


「白蛇、わかったな、早くしねぇとやつらに気づかれるぜ」


「わかりました、やります、先に行ってください」


夜刀神は鎌首を立ち上げ、町の外周をするすると進んでゆく。

しばらくしてやっと尾の先が通り過ぎたので私もついてゆく。


「ゆかりよ、なかなか壮大な包囲網じゃのぅ、わくわくするのう、光柱のある場所が社じゃ。近づいた時わしが天津神と言ったら吸収せい」


「わかりました。やってみます」


町の外から眺めてみると、光柱は八本だ。もっとたくさんあるかと思っていたが、結局は小さな町で王様気取りの神様なのだろう。


「ぬぬっ、見えた。わかったぞ。なんと国津神はここにおらぬ。すべて天津神じゃ」


「それなら全部やっちゃいますね」


「神域を見よ、すべてが町の中心にある光柱から広がっておる。あれが敵の本陣じゃ」


光柱の太さはどれも御山に比べたら細い。しかし、一本だけ神域に降り注ぐキラキラを広範囲にまき散らしているものがあった。


「それじゃあ近いところからやっちゃいます! 『吸収』」


私の中に神社の名前と祭神の名前が飛び込んでくる。これで白蛇山神社の末社に加わったことになるようだ。


「なんか実感わかないです」


「いやいや、吸収された神は大慌てじゃ。神域がぽっかりと穴あきになったではないか」


敵のキラキラが途切れて暗くなったところへ、神使会のある街から別のキラキラが流れ込んだ。

それは私達と摂社関係にある神域、すなわち白蛇山神社と共通する神域が広がっている姿だった。


「これは面白いですね。どんどん行きましょう」


夜刀神もスピードをあげてじわじわとその包囲網を小さくしてゆく。


『吸収』『吸収』『吸収』「休憩……はしないんですね」『吸収』


あと三つ、二匹の蛇が作る輪は町の半分まで小さくなっている。

吸収された神社の神使が飛び出して見上げているが、既に私の配下とされていてなにもできない。


これほどの大攻略がおこなわれているのに町は寝静まっている。

夜刀神が円運動をやめて町の中心部へ方向を変えた。


「白蛇、あと二つだ、やれっ」


「はいっ『吸収』『吸収』」


「あとは本陣じゃな、そのまま吸収してしまえ」


「山神様、私、その前に直接文句を言ってやりたい」


「そうか。気をつけよ」


「いいんじゃねぇか、一騎打ちだ、やれ、やっちまえー」


白蛇の私と黒蛇の夜刀神が頭をあげて高い場所から八十七社神社を見下ろす。

広く大きな神社であった。しかし、地力の加護は白蛇山神社に遠く及ばない。

そのとき八十七社神社の鳥居の下から立派な鎧を着たおやじが出てきた。


「夜刀神めぇぇええ! ばかめ、復活しおったか。

また神の矢で滅してくれるわ、ふはははは」


おやじは八十七社神社の祭神のようだ。

そして悪神夜刀神を倒したときに天津神軍所属の神だった。

手にしているのは軍に配備されていた神の弓矢であった。


祭神が弓を引き絞り、次の瞬間、銀色の光が飛び出した。

銀の光は夜刀神の頭を貫いたかに見えたが、射られたのはイチだった。

白い神官衣を血に染めてイチが落ちてゆく。

私は血の気が引いた、と同時に怒りが爆発した。


「イチを射ったな、おのれ、潰れるがよい!」


八十七社神社の真上に風が集まり、黒雲が立ちのぼる。


吸い込む風が雨を押しとどめ、やがて巨大な水の柱が生まれた。


「消し去れ!」


水の塊は重い柱となって落下し、一気に神社を押し潰してすべての構造物を消し去った。

はっと我に返った私はイチの姿を探す。

夜刀神が黒ずくめの青年姿となって、イタチを抱いていた。


「イチよ、悪かったなぁ、神の矢なんかまだ持っている奴がいるとは思わなかったんだ。

イチ、目を覚ましてくれい」


「イチさん! 矢が刺さってる、イチさんっ! 死んじゃだめっ」


「ゆかりよ、神の矢はわしら神々を殺すための物じゃ。どうすることもできん」


山神や夜刀神は矢の力を知っているのだろう。

イチを抱きかかえたまますべての表情が消えていた。


(まずい、夜刀神様が暴走しちゃう、どうしたらいい、山神様は、誰か、夜刀神様を止めて)


「あらあらまぁまぁ、こんなことになって。大丈夫、この子は助かりますよ」


立ちすくむ私達の前に光に包まれた天女のような美しさの女神が現れた。

夜刀神の前にしゃがんで、イチに刺さった矢に手を掛ける。


「おいっ、なにをしやがるっ」


「えいっ」


銀の矢はイチの身体から抜き取られ、傷一つ残っていない。


「ほら、もう大丈夫。起きてごらんなさい」


イタチのイチが目を開けた。


「あぁ、夜刀神様、ご無事で。イチはもう大丈夫でございます」


「おっ、おっ、おまえーーっ、神使のくせになぁ、気軽に死ぬんじゃねぇよ!!!馬鹿野郎」


夜刀神はイチを優しく抱いたまま怒っているが、その姿は災厄神と呼ばれた悪神の姿では無かった。


「申し訳ございません、夜刀神様。ご心配をおかけしました。わたしなんかの為に心配してくださるとは、夜刀神様はもう悪神などとは呼ばれませんね」


「そんなこたぁねえよ」


イチは夜刀神の腕の中から降りて、また神官姿に戻った。

そして矢を抜いた女神の前にひざまずく。


「おひさしぶりでございます。ウカノミタマの神、よくぞお戻りになられました」


「イチくん、あぶなかったよー、わたしが戻っていなかったら消えてたよ。

それより、これは大事だねぇ」


まさかのウカ様降臨であった。

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