第21話 夜刀神

 夜遅くまで呑んだ朝は……。爽快! 神サイコー!


神に二日酔いは無いのだろうか。

夜のうちにあらかた片付けが終わっているのはきりのおかげだ。

神使の皆さんは、日の出と共に帰って行ったようだ。


神使って働き者なんだなぁとぼんやり考えていると、山神が私の枕元に座る。


「ゆかりよ、昨夜の者達との提携じゃがなぁ、わしが思っていた以上に街の神は死に体じゃった」


「やはりそう見えましたか。まさに神様不在の社で身を寄せ合って暮らしている神使達でしたね」


「しかしな、使えるかもしれんやつが、イチの神じゃ。

あの者の神は夜刀神と言ってな、昔は手がつけられない荒神あらがみじゃった。

遙か昔、神々によって討たれたんじゃ。

だが、イチの話しぶりじゃと、夜刀神が居なくなったとは言っておらんかった」


「まだ生きてるということですか? でも危険なんじゃ無いですか」


「見てみなければわからんが、力を削られておるのは間違いない」


「それで夜刀神様をどうするんですか?」


「強い神が土地に住み着くのは、良くも悪くも護りになる。

仲間に引き入れたい」


「山神様がお話しくださるなら、いいですけど」


「以前はともかく、今は対等では無い。むしろ奴と話ができるのはゆかりなのじゃ。

土産でも持って行けば尾をふるじゃろうて」


提携は秘密裏にすすめ、敵対企業に悟られる前に連合を組んでしまえば、崩す事が難しくなる。


いまのうちに有力な神は味方に引き込んでおくのが得策だ。

神がいるならばだけれども。


「夜刀神様かぁ、ほんとうにいるのかなぁ。まぁとにかく動いてみますか」


私は山神の勧めで、倉刈林にある夜刀神様の祠に私一人で飛んだ。

どんな危険があるか分からないのできりは留守番だ。


住宅街にある小さな公園は雑草に覆われ、遊具などは錆びて朽ち果てていた。

昼間なのになぜか薄暗く感じる。

この地が呪われていることを肌で感じた。


ボロボロのベンチに仰向けで昼寝中のイタチがいた。


「たまらんっ! おなかさすさす~」


イチが飛び起きた。


「こ、ごめん、触ってくれと言わんばかりのおなかがあって、衝動が抑えられなかった」


「ゆかり様でしたか~。びっくりしました。

昨夜は結構なおもてなし、ありがとうございました。

もうおいでくださったんですな。どうぞ、夜刀神やとのかみ様の祠はこちらです」


公園の隅、こんもりと雑草が生い茂った場所に岩と見間違うように風化した祠があった。


「イチさん、夜刀神様は今どこに?」


「私が神使になる以前、遙か昔から夜刀神様と会った神使はいないのです。

でも夜刀神様は間違いなく祠におわします」


(神使も会ったことが無い? うーん。でもなんとなくこの感じ)


イチが案内してくれた祠からは細い光の柱が伸びていた。

山神が言うに、夜刀神は神代から存在する蛇のような神様だそうだ。


山神より強大な力を持っており、出雲と高天原の連合軍により滅ぼされた。

その地には夜刀神の怨念が残り、災いとなって人間を苦しめたらしい。

曰く、見ると死ぬという災厄。

人々はその祟りを恐れ、神として祀ったという。


「光の柱があるってことは、祠自体に力があるのかな」


祠は半分土に埋まり、傾いていた。


「あ、この感じ、パワースポットと反対の作用があるやつだ。

なのにパワースポットみたいな光が出ているってどういう事だろう」


昔から、良い気が満ちている場所をハレ地と呼び、主にパワースポットだ。

逆に悪い気が漂うマイナスパワーの土地をケガレ地と呼ぶ。

この場所はかなりのケガレ地だった。


「聖女みたいに浄化とかあればいいんだけど、ここで使えそうな私の神威って解呪ぐらいなんだよね」


「ゆかり様、解呪をお使いになるのですか! さすがは神格の高いお方です。解呪はこの地に効果がありますぞ。

土地が呪われているのですから解くことすなわち解呪です」


「言葉的にはそういう意味だね。では試しに使ってみますか」


私は聖女が汚れた土地を浄化してゆくイメージを頭に思い浮かべた。


「セイクリッド解呪っ!」


私は両腕を広げ、祠とその一帯を包み込むように神威を浴びせた。

土地にしみこむように降り注がれた神威は祠とその周辺に劇的な変化をもたらした。

暗く感じていた祠の周りがすっと明るくなったのだ。


「おおおぉ、陰の気が消えましたぞ」


「そのようね。ところで解呪って叫ぶ必要あったのかな。

適当な名前でやっても効いてるみたいだし」


「誰だ? おまえは誰だ? 俺を滅ぼした神か?」


小さな祠から声が聞こえてくる。


驚いていて見つめると、今は四角の穴にしか見えない扉部分から真っ黒な蛇が顔を出した。


「恐れながら申し上げます。古き神、夜刀神よ。

私は白蛇山神社の白蛇山大神にございます」


「おまえは、山の白蛇か。いや、違うな。しかし白蛇もおまえの中にあるな、喰ったのか?」


「いえ、山神は白蛇比売と名を変え、我が社にてのんびり酒を呑んでおります」


「はははっ、あの女らしい。して、おまえは俺をなぜ呼び起こした。

俺は祟り神、夜刀神だ、まだ戦うつもりか?」


「実は夜刀神様の神使であるイチさんと話しまして、我が社と提携を結ぶことになりました。

それについて夜刀神様がまだいらっしゃるならば、ご意見も伺うべきだろうと

挨拶に参りました」


「こいつが俺の神使だって? ちっせぇなぁ、お疲れさん」


実寸で小さいのは夜刀神だが、イチは声を掛けられて感激しているのか立ちすくみ、硬直している。


「提携話か。ふん、それよりなんだこの有様は、土地に神気がまったく無いぞ。

変わりすぎだぞこりゃ。神々に見放された土地になっちまったってのか」


夜刀神は祠の屋根に登り、周りを見回している。

その姿は手のひらサイズの真っ黒な蛇。

毒蛇特有のエラが張った頭の上には恐竜のようなツノが生えている。


(この神様、どうしよう。絶対毒蛇だし、偉そうだし怖いなぁ)


「夜刀神様がお眠りなされてから、世は大きく変わり、この地にいらした神々はすべてお隠れになりました」


イチが現状説明をしている。

山神様の言ってた仲間になってもらうってどうしたら良いのか。


(あ、それでこれか)


「あの、夜刀神様。実は白蛇比売から、お喜びになると聞いてまして」


「なーーー! 酒ではないか! 酒精が踊っておる、これを俺に持ってきたってのか?」


「提携のお許しをいただけると嬉しいのですが」


「するする、提携するぜ、それより酒をくれ」


「実は、他にもお願いがございましてぇ」


「なんだ早く言え、なんでも叶えてやるから酒をくれ」


「この土地をけなげに守る神使達をいじめる悪い神がいるんですけど、私にお力添えをいただきたく」


「なんだそんなことか。まぁーかせろって、よし、酒をくれ」


夜刀神の眼はまん丸に開いて酒に釘づけた。


「はい、ありがとうございます、どのようにお飲みになりますか?」


「俺に酒を浴びせろ」


「よろしいのですか」


「いいって、早くそれを!」


「それでは」


私は一升瓶を傾け、夜刀神の頭から酒を浴びせた。

夜刀神は真上を向いて大きく口を開けている。

ちいさな身体にどんどん酒が注ぎ込まれ、溢れた酒は全身で吸収している。

一升瓶がカラになると、夜刀神は小さなげっぷをして身体を震わせた。


「うまいっ!!! 俺の中の噴火口から溶岩があふれ出ているようだぜ!」


イチが立ち上がり、驚きの声を上げた。


「夜刀神様のお力が! 私に入ってきます」


イチに夜刀神の神威が流れ込み、霧が立ちのぼる。

一瞬にして知的な神官姿の若者が現れた。


「夜刀神様っ!力が戻りました! ゆかり様、ありがとうございます。

とうとうわたしの代になって夜刀神様にお目にかかれました」


「よかったですね、イチさん」


さて、これからだ。祟り神の夜刀神がどういった行動をとるのか、話してみないとわからないけれど。


「夜刀神様、少々お聞きくださいませ。この世はとても平和になりました。

しかし、この地にいる人々は神を忘れ、土地を荒らしてしまいました。

それに付け込んだ余所の神が神使を騙し、氏子を奪っております。


強大な神である夜刀神様が、祟り神では無く、守り神としてこの地を治めてくだされば、神気が満ち、それぞれの社に氏子が戻ると思います」


そして提携している私の力にもなるのではないか。

うんたぶんそんな仕組みだと思う。


「面倒だから悪神とやらをぶっ殺してからにするか?」


「いえ、まずは夜刀神様に地盤造りをしていただきたいのです。


今回の諍いは私と悪神の戦いです。私にぶっ潰させてください」


「なるほど、おまえも戦神いくさがみなんだな」


(否定はしないけど、黒髪の戦乙女とかのほうがかっこいいんだけど)


イチは希望とやる気に満ちあふれた顔で小躍りしていた。


「わたくしは祠をお掃除いたします。このあたりの気が変わりましたので、きっと人々も集まりましょう」


「夜刀神様、私は一度帰ります。またお酒もってきますね。

夜刀神様のお力がこの土地に功を奏すると思いますが、しばらく様子を見させてください」


「まかせろや、俺も身体がなまっちまった。本気になるのは昔のカンを取り戻してからだな。

それでそのムカつく野郎ってのはどんな相手だ?

俺の力で地固めまでするって、かなり強ぇのか?」


「たぶんたいしたことはないです。ですが、狡猾です」


「だから真正面から行ってぶっ殺せばいいじゃねえか」


「まぁまぁ、準備ができたらまたお話をさせてください」


「よしわかった。酒は早めにな」


こうして神代の災厄、祟り神の夜刀神が味方となった。


まさかまだ神の残滓が祠に残っていたとは思わなかったが、山神は夜刀神の存在を確信していたようだ。

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