第20話 神使会

「おのれ天津神、うちのきりたんを! 許さんぞ」


「うむ、生意気なのはどちらなのか、身体に教えてやろうかの」


私は狛犬の報告を聞いて怒りのあまり、また巨大白蛇になりそうだった。

しかし、冷たい微笑を浮かべ、静かに怒っている山神比売のぞっとするような鬼気に当てられ逆に落ち着いてしまった。


(山神様ってば、美人が怒るとほんとに怖いんだから)


「申し訳ございません。私が付いていながらきりを危険な目に遭わせてしまいました」


狛犬が獣姿で私達神々の前で平伏している。


「狛犬さんはわたしを助けてくれたんです、悪くなんかありません。

私があちらに長居しすぎてあわてて適当な道を帰ったから迷ったのが悪くて」


猫姿のきりは半泣きだ。

私はきりの頭を抱きしめる。

そして狛犬の頭をなでて言った。


「ありがとう狛犬。おまえはきりを守った。役目を果たしたんだからね」


「もうしわけ……ございません……」


「二人はもう気にしなくてヨシ! あとは神々の問題だよ。

クソ偉そうな下っ端使ってるくらいだし、八重さんのところも騙して、他にも被害が出ているでしょ。

そんな神はどうせロクな奴じゃない。成敗してくれる!」




 翌日、参拝者のお祈りを聞きながら私達は詐欺神について話し合っていた。


「問題の神社、情報が欲しいね」


「ゆかりさん、会合の時に神使会のみなさんから聞いてみましょう」


「うん。八重さん以外も色々困っているだろうから詳しい情報持っているはず」


「わしが知らぬ神じゃ。どうせ天孫族の下っ端が大きめな社を貰って自分は偉いと勘違いしてるのじゃて。

ゆかりよ、前に話したな。見える範囲の社は形骸化しておる。

そやつは一応祭神じゃ、神不在の小さな社を乗っ取るのは簡単だったはずじゃ。


しかしウカ様がおったから派手な動きはできなかったのだろう。

ウカ様のように高位神の分霊が最近まで社を守っておったのは珍しいからの。

さしずめ、ウカ様がいない隙に勢力を拡大しようとしているコソ泥神なのじゃろうて」


話しているところへ子狐が手紙を持ってきた。


「明日、五社の神使でお伺いいたします」


私は子狐をモフりながらきりにいちご大福といなり寿司、お団子をたくさん買ってくるよう頼んだ。




「ごめんください。稲荷の八重でございます」


「いらっしゃい。皆さんどうぞお上がりください」


キツネの八重の他、イタチが二匹、タヌキが一匹、ハクビシンが一匹だ。

みんな可愛い。

社の神界部屋に招くと、神使達はたじろいだ。


「新築のお社にこんなすばらしい部屋があるとは。やはり普通の神じゃありませんなぁ」


タヌキが部屋を見回して嘆息する。


「まぁ皆様おくつろぎください」


全員がふかふかの絨毯に座る。ソファーがあるのだよみんな。


「おぉ、なんとやわらかな床じゃ」


「暖かくて眠くなってしまうぞ」


イタチが絨毯に頬ずりをしていて可愛い。

ここは夢の国か。


「お茶を淹れました」


きりが全員分のお茶と、お茶菓子を山盛りにして持ってきてくれた。


「みなさん、わたしが白蛇山神社の白蛇山大神です。ゆかりとお呼びください」


神使達が深々とお辞儀をする。


「それでは八重さん、すみませんが皆さんをご紹介くださいな」


「はい。このたび、提携を結ぶ意志のある神使会の方々をお連れしました。ご紹介いたします。

最初は、久保新田くぼしんでん弥兵衛やへえさん」


タヌキが立ち上がる。


「お初にお目にかかります。久保新田にいらした田の神さんの神使をやっておりました。弥兵衛でございます。

田んぼは全部駐車場に埋められて、今は道路っぱたに祠があるだけとなってしまいました。

どうぞよろしくおねがいいたしやす」


倉刈林くらがりばやしのイチさん」


イタチAが立ち上がる。


「倉刈林で夜刀神やとのかみ様に仕えておりますイチにございます。

林が無くなり、無名の祠として公園の隅に祀られております」


「坂井橋のスエさん」


イタチBはかわいらしい女の子の声だ。


「スエと申します。坂井橋のたもとで水神すいじん様の神使をしておりましたが、護岸工事できれいに無くなりました。

それでも祠があった場所へお参りにくる人がまだいるのですよ」


家なき子だった。


「最後は御山神社のきくさん」


ハクビシンが立ち上がる。


「御山神社の神使をしておりますきくと申します。

昔は御山を真正面から眺められる場所でしたから白蛇様が主祭神であるはずだったのですが、天津神様が鎮座されてから廃れてしまい、結局は消えてしまわれました」


みんな悲惨な状況のようだ。

わたしはきりを呼んだ。


「私の神使、猫のきりです。よろしくお願いしますね」


「きりです。生きているときからゆかりさんと暮らしていました。

ずっと病気で動けなかったので、神使会で交流が深められればいいなと思っています。

どうぞよろしくおねがいいたします」


(きりたん、ちゃんとご挨拶出来てママはうれしいよう。誇らしいよう)


「ゆかり様、我ら五社の神使会一同、どうぞ幾久しくご縁を結びたく存じます」


「白蛇山神社祭神、白蛇山大神は皆様と幾久しくご縁を結べること、たいへん嬉しく思います」


私の中に彼らと親類関係のような繋がりができたことを感じた。


「あれ? 神使会一同ってことは、皆さんで全員ってことなんですか」


「街の全員なのです。あまり広い街ではありませんし、社があるのは稲荷と御山神社だけなのですよ」


ということは、私の神域を押し返しているのは街の神社では無かったようだ。


「いまの神域は問題の天津神のものってこと? なんていう神社なの?」


タヌキの弥兵衛さんが立ち上がる。


「八十七社神社です。あの神さんとこの神使にゃぁみんな騙されやした。

話に乗った社はみんな本社の敷地にも入れて貰えない末社として捨て置かれ、神域の融通どころか氏子がごっそり盗られやした」


「八十八に一社足りないような抜けた名前した神社のくせにふざけたことを。

益々復讐し甲斐がありますねぇ。ふふふふ」


やはり被害は甚大だった。この村の隣町をすべて押さえたあとはこちらにもちょっかいを出してくるに違いない。


とここで、神使のみんながヨダレを垂らしてお茶菓子に熱視線を送っていることに気がついた。


「あ、皆さん、お茶が冷めないうちにどうぞ。お茶請けもどんどん食べてくださいね」


あわててお茶を勧めた。


「おぉ、諸君、こたびの事、よろしくたのむぞ」


みんなが一斉にいちご大福を頬張った瞬間を狙っていたのか、山神が出てきた。

神使達はいちご大福を喉に詰まらせた。

御山神社のきくさんは倒れている。

あわてて抱き起こし、お茶を口に流し込んだ。


「お、御山の白蛇様が、ご降臨なされた」


「驚くでない。いま白蛇の力はこの白蛇山大神が受け継いだ。

わしは山神比売としてここに間借りしとる身じゃ。よしなにたのむぞ」


「いきなり現れるから皆さんびっくりするじゃないですか! 気をつけてくださいよー」


「ついおもしろくてな。御山神社のきくよ、おぬしの社が御山に向いていたのは存じておるぞ。ご苦労じゃった」


「ははぁぁぁ、ありがたき幸せ」


なんとか丸く収まったようだ。

それから皆はいちご大福が美味しすぎたのか、一心不乱に食べている。


神不在となって長く、元々の神階が低い神の神使であったのだろう。

八重以外は人の姿に変化できない。

廃れた社にお参りや供え物も無かったはずだ。


神使としての忠誠を無くすこともできず、わずかに残る地力を頼りに社や祠を守り続けているかと思うと悲しくなる。

かわいいだけにツライ。


「きり、悪いけど皆さんのお名前を記帳しておいてちょうだい。あとで宮司さんに伝えて儀式をやってもらいましょう」


「はい、でも良かったです。皆さん感じの良い方ばかりで」


「そうね。まずは摂社の皆さんにこちらの力を分けて、氏子をできるだけ取り戻して貰いましょう」


いちご大福が無くなると、山神が酒を持ってきた。

ずっと酒など供えられていなかった神使達は大喜びでそのまま大宴会が始まり、先日の八重さんと同じく、泊まってゆく事になったのであった。

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