第19話 敵地に迷い込んだきり

 その頃きりは狛犬の密かなサポートによってなんとか稲荷にたどりついていた。


「このコマ図ってわかりやすいようで分からないよ。

何個か飛ばしちゃったのにちゃんと着いたのが不思議だけど。

あぁ、ここかぁ、ほんとに狭い場所にあるなぁ」


住宅街の奥、両隣はシャッターが閉まって何年も経っているような古い商店跡が寂しい。

その隙間に真っ暗な稲荷があった。


「こんばんは。白蛇山神社のきりです」


「あ! いらっしゃい。珍しくお参りかと思って墨摺っちゃいました」


神使の八重が出迎えてくれる。


「ごめんなさい。あの、神使会からお手紙を頂きました件で参りました」


「わざわざいらしてくださったんですね。申し訳ありません。

どうぞお上がりください」


「あの、これお土産です。おじゃまします」


八重は土産の手提げ袋を受け取ると目を輝かせた。


「もしかして、これ、あのいなり寿司ですよねっ」


「はい。ゆかりさんが持たせてくれたんです。それといちご大福も」


「いちご大福!!! 噂に聞いたことがありますっ、夢にまで見たいちご大福ですか! 

とにかく、上がってください、はやくはやく」


小さな社殿の扉を抜けると中は純和風の畳の間だった。

明かりは蝋燭だけだ。


「ささ、お座布団をどうぞ。お茶淹れてきますわね」


すぐお盆に載せた香りの良いお茶を持ってきてくれた。


「お茶菓子がなんにもなくて、頂いたものをすぐにお出ししてすみません」


そう言いつつ、渡した紙袋からいなり寿司といちご大福を取り出す。


「あ、いいんです。私はもう食べてきましたから。お茶だけで充分です」


「あらぁ、そうですかぁ。なんにもお出し出来なくてすみませんねぇ、先日は結構なおもてなしを頂きましたのに、あまり覚えていないのですけれど」


「いいんですよ。どうぞ食べてください。すっごく美味しいいちご大福なんですよ」


そう言わなくては話が進まなそうなくらい八重はいなり寿司といちご大福から目を離さない。


「それではこのいちご大福を頂きますね」


「どうぞどうぞ。食べながらで結構なのですが、うちのゆかりさんから伝言があります。

『日程は神使会のみなさんのご都合に合わせておいでください』とのことでした

あの、聞いてましたか?」


八重はまったく聞いていなかった。

生まれて初めて食べるいちご大福、甘味自体ウカ様が旅立って以来一度も供えられていなかった。

八重は泣きながらいちご大福を食べていた。


「おいしゅうございます、いちご大福とはこのようなものでしたか。

甘いあんことほんのりすっぱくジューシィないちごとのマリアージュ! 

これほど美味な菓子があるとは。

ウカ様にも食べさせとうございます」


「喜んで頂いて嬉しいです」


「あぁ、お茶にもこんなに合います。

どうしましょう、わたしの身体は中から変えられてしまいました」


「大げさですよぅ、それよりお聞きください。

こちらはヒマなのでいつでも神使会の皆さんの都合に合わせておいでくださいってことです」


「あぁ、失礼しました。気が触れるかと思いました。もう大丈夫です。落ち着きました。

いちご大福もいなり寿司もまだ実在してます」


(口の周りが真っ白だよ。まだ動転してますって)


「日程は承りました。こちらの神使達に連絡して一緒にお伺いいたします。

それと、きりさんの神使会入会はいかがですか?」


「是非、入会させてください」


きりはにっこり笑顔で言った。


それから八重と茶を飲みながら、神使の苦労話など、きりにとって勉強になる話が聞けた。

通りまで見送られ、きりは帰り道を急ぎ足で歩いていた。


「あれ? ここはどこだろ。覚えていると思ったのに。

帰りの地図も作って貰えばよかったかなぁ」


電柱に書かれた住所は既に稲荷のある街とは違う名前になっていた。


「おぬし何者じゃ!」


突然目の前に白袴の男が立ち塞がる。


「小娘、人ではないな」


(この人も人間じゃない、もしかして神使とかなのかな)


「わたしは白蛇山神社の神使です。怪しいものではありません」


「なにぃ、白蛇山神社だと? 理由もなく位階が上げられた汚い神か」


「汚いですって! うちのゆかりさんはちゃんと理由があって偉くなりましたっ」


「嘘をつくな。無名の社であったものが我らの神より上位の神階など、あってはならぬ! 

土着神のくせに天津神より上席とは。許されるわけ無かろう」


「よくわからないけど、ゆかりさんは悪い事なんてしていない!」


「おぬしのような小娘が神使であることも新参の神の証拠よ。

しかも神通力も無いただの猫ではないか」


「そうですけど、わたしはともかく、ゆかりさん、いえ、白蛇山大神様のことを悪く言うのはゆるせませんっ!」


「許せないだと? 生意気な。懲らしめてやろうか」


振り上げた拳は大きな手にがっしりと掴まれて微動だにしない。

狛犬がいつの間にか助けに来てくれたのだ。


「貴様、うちの神使に手を上げたな。許さん」


一瞬狛犬の姿が獣に戻り、白い影が動いたかと思うと天津神の神使は倒れていた。


「さぁきり、帰るぞ」


「狛犬さん、どうしてここに、ありがとうございます」


きりの脚は震えていた。

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